Monday, December 24, 2012

酔生夢死是れ集団ストーカーの死なり


竹刀は四つ割りの竹ではないか。そうであれば・・当っこでよいではないかと主張される先生もおられる。竹ならばそういうことになる。スポーツでよい。然し持った竹刀を日本刀という観念で使うことになれば、之は命のやり取り、息の根の止めあいであり、生死の問題であり、修行目標としては、生死を明らめることになる。この心が人生の土台であり、刀を差さない現代でも役に立つのである。(中略)
是は哲学ではなく、禅であり道である・・この人間の道を修行するのである(p.1-2)

世間で問題にしている段位などは、(持田盛二)先生の念頭にはない。先生の十段の授与式の時・・先生の前へ証書を持って行き、先生が受けられた時に、合図をしてお祝の拍手をしようと・・段取りをしておいた。ところが・・証書を持って行ったら先生は、その証書をポーンと拠り投げてしまった。そして、「わしは、こんなものはいらない。実力がなくて、こういうものがどうして受けられるか。わしには、こういうものを戴く資格がない」と言われた。・・・先生は十段位を辞退されて、後輩に剣道修行の目的は段位ではない。人間形成である。人間形成の真髄は、念々正念相続にありという秘訣を、教えられたのである。念々正念の修行は、道場内だけではない。日常生活の上で、正念の工夫を絶やさない。これが本当の剣道です。(p.7-8)

いくら健康に注意して長生きしても、ただ生きているだけでは、それは生物と同じである。そうは言っても普通の人はたいてい、何ということもなく生きて、そのまま死んでゆく。こういうのを「酔生夢死」という。酒に酔ったように、また夢を見ているように、何もせずに無駄に一生を過ごす。こうなるのは本人は自覚しなくとも、名利によるところが多い。名誉や金に執着して「酔生夢死」になってしまう。またこれより以下は、ただ生活するだけに追われて、それで終わってしまう者もある。(p.198)
 真剣(一心)になるということはその人自体の問題。端からはどうしようもない。本人の「道」を求める心が篤い(かどうか)ということ (p.47) 。畜生というと(十牛図の)尋牛第一あれにも入りません。自己本位で、求道心なんかありはしない (p.28)
 
 幕末、越後に河井継之助という達人がいた・・・「世間でみんなが言っている心というのは、あれは心ではない。心というのは、自分が死んで棺桶に入って、四隅に釘をポンポンと打つ。それからあとの心が心だ」と言っている。(p.130)
 
 名利を超越するには「志」がなければいけない。山岡鉄舟は十五で「志」を立てた。十五歳のときの座右銘の、第一ヶ条が「うそ云うべからず」。そして「名利のために学問技芸すべからず」とある。あの人が大を成したのはそこにある。十五のとき、これだから。うそを言わない。そして名利のために学問をしない。それだからあれだけの大人物になる(p.103)

           『小川忠太郎範士剣道講話』
          参考動画:「劍道九段範士 小川 忠太郎」


  110、素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、徳行あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

111
愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

112、怠りなまけて、気力もなく百年生きるよりは、堅固につとめ励んで一日生きるほうがすぐれている。

113、物事が興りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりも、事物が興りまた消え失せることわりを見て一日生きることのほうがすぐれている。

114、不死(しなない)の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。

115、最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きるほうがすぐれている。

『ブッダの真理のことば』中村元

Sunday, October 21, 2012

臆病者はなぜ地獄に堕ちる?

おくびょうな者、....すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである(黙示録21:8

    【アニメで学ぼう!集団ストーカー犯罪者の心理 2

video

  (集団ストーカー犯罪者更正教育用ビデオ:まんが日本昔ばなし「かっと石」)

  これは、臆病者は本物の平和主義者や民主主義者、または道徳的人間にな­れないというお話。例えばアメリカは官民で組織されたギャング(集団)ストーカー犯罪者の跋扈により、すっかり“フェイク民主主義”の国に成り下がってしまった。その
ため、真の民主主義者は集団ストーカーによって迫害され、真の勇者でなければ民主主義すら貫けないというわけだ。このように現実の集団ストーカー犯罪を観察することで、昔ばなし「かっと石」の意味が確かめられる。

  さてこの昔話「かっと石」にでてくる「マサカリ」は集団ストーカーにとっての­携帯電話やパソコンなど通信端末機器に相当する。この端末により、「権力犯罪者」組織が独占する非公開の電磁兵器やプライバシー窃盗装置にアクセスできる。そして個々の集団ストーカー実行犯は、根がどうしようもなく臆病なの­で、集団ストーカーという犯罪組織と常に繋がって、集団で犯罪していなければ一日も生­きられず、端末が手放せなくなってしまったというわけだ (ちなみにこの状態は、集団ストーカー犯罪に依存して孤独感を回避する神経回路が確立・強化された状態、とも表現でき、Neuroplasticityがカルマに譬えられる所以でもある)。

 例えば権力犯罪コインテルプロ(集団ストーカーの原型)に従事する腐敗警官などにしても、「特殊な方法で彼らの無線をカットしてやると、集団ストーキング中の腐敗警­官は慌てふためく」という内部情報通からの証言もある。この権力犯罪「集団ストーカ­ー」は、本家である英語圏の国では“ギャング”ストーカーと俗に呼ばれている。英語で「ギャン­グ(gang)」の原義は「群れる」こと。臆病だから犯罪やるのも「群れで」とい­うわけだ。では何故、それほどまでに臆病になるのだろうか

  その答えを探るため、まず、名著の評判高い岡田尊司著『人格障害の時代』で彼ら集団ストーカー犯罪者の心理を探ってみよう。好んで凶悪卑劣な集団ストーカーという犯罪を行ない、人の苦しみを見て喜ぶ彼ら、彼女らは人格障害の疑いが濃厚だからだ。


「(長い間、服従していた被害者が)人間的に対等な関係に
目覚めたり、実像よりはるかに肥大化した、はりぼての自分(加害者)の価値に気づいてしまうのではないかと不安なのです。この点では、暴力をふるっている加害者の側も決して自信に満ちているわけではありません。見透かされはしないか、正体を知られはしないかと終始汲々として、その不安を解消するために相手を暴力で封じ込めようとするのです。」(p.116)
http://gangstalking-crime-databease.blogspot.com/2011/01/blog-post_29.html


  ではこの「見透かされはしないか、正体を知られはしないかと終始汲々」する、実は臆病な犯罪者のオッサンの群像について、少しばかり時代を遡って具体例を考察してみよう。日本では、あまり知られていないが、「ア~イ ハヴァ~ ドゥリーム・・・」の演説で有名な、かの黒人キング牧師も集団ストーカーの元祖にあたる権力犯罪「コインテルプロ」の被害者だったのだ。キング牧師は長年に渡りコインテルプロ工作員たちから執拗なつきまとい&嫌がらせを受け、何度も自殺を強要されていた。このことは、米国の町の小さな図書館に置いてある本にも載っているくらい、既に公然の歴史事実である。

 ところが、似たような話は他にもあった。FBIといえばドラマなどで、泣く子も黙る威厳と風格のあるイメージを我々は刷り込まれているものだ。だが実は、この国のコインテルプロ実行犯(主に白人)たちは、これまで己が侵略・搾取し、虐げてきたマイノリティたちに、いつ復讐されはしまいかと内心ビビりながら日々過ごしているのであった。そんな白人支配階級の不安を少しでも和らげるために雇われたのがFBI工作員というわけだが、この工作員がなんと「権力の犬」ならぬ「権力の田代まさし」だったのだ。


【権力の田代まさし


~ FBI捜査官が繁みに隠れてインディアンのダンスをノゾキ見
(そのシャツを着れば、敵が放った)弾丸を通さなくなるという「ゴーストシャツ」の教義を始めたのは、スー族の呪い師、キッキングベアだった。このため、連邦政府は、この教義でインディアンがより反抗的になるとして、ことにスー族に対し徹底的に弾圧を加え、ウーンデッドニーの虐殺が起こった。この大虐殺で、信者が全滅したことで、ゴーストダンスは急速に廃れていった。100年を経ても連邦政府が、銃弾を厭わなくなるこの教義をいかに恐れているかは・・・1975年に、ウンデッドニーで(ネイティブ・アメリカンらが)ゴーストダンスを復活させた際、連邦捜査局(FBI)捜査官が繁みに隠れてこれを監視していたことからも推し量れる。(WIKIPEDIA 


 このように、アングロ民族によるアメリカ侵略とネイティブアメリカン迫害の歴史において「ゴーストダンス」と呼ばれる儀式が流行した時期が1800年代にあった。その後、ネイティブアメリカンたちが「これを着れば敵の弾丸を通さず不死身になれる」と信じた服を着て踊る「ゴーストダンス」を、「1975年」といえば昭和も50年代に入った年だが、そんな現代に復活させたことがあった。その時このシャツを着て踊りまわるネイティブアメリカンたちを、FBI工作員たちがビビりながら、「田代まさし」よろしく「茂みに隠れて」ジッと覗き見していたというのだから、まったく事実は小説より愉快なりだ。なぜここまで臆病になるのか?なぜなら、日頃から人の恨みを買うようなことをしてきたからだろう
・・・と、この程度の心理分析ならが、集団ストーカー犯罪者に阿り、精神病のでっちあげに協力しているその辺のインチキ精神科医や心理学者でもできる。ここはひとつブログ「集団ストーカーの死」らしく、月並みな心理分析のレベルを突き抜け、生死の境界をも跨ぐ「真理分析」に入ろう。再度問う。人はなぜ臆病になるのか? 


人が無明や他の因縁により、生ある者という概念を持った時、生の衰える病や老いなどの苦を抱え、生の絶たれる死という苦が生じる。
誤った認識により、生あるものと、生の無いものという分別が起こり、それによって多くの苦が生じるのじゃ。
生あるものであるという概念が、他から離れたものである個我という概念を生み、他から離れた不安と恐怖の苦の海を転変としていく。
それが輪廻というものじゃ。
本来は他との隔たりは無く、一つのものであっても生あるものという分別が苦を生じる因となるのじゃ。
例えば一つの部屋にいろいろな地域から来た人が、何人も入っているとしよう。
何もしなければそのままじゃが、互いに皮膚の色や髪の色などで分別し、仲間を組んだりすると、喧嘩が始まったりする。
分別によって他から切り離されたと思う者が、他を恐れ、不安に思うからなのじゃ。(ブログ:鬼和尚の仏教勉強会「生の滅とは何か。」)
http://onioshyou.blog122.fc2.com/blog-entry-68.html


  つまり個我という概念が生み出す「他から離れた不安と恐怖」が臆病者をつくり、彼らを集団ストーカー犯罪へと駆り立てていたというわけだ。キリスト教に於いてもオーソドックスな教えでは大体、似たようなことを言っている。アダムが神に背いたときから人間は、ちょうど親とはぐれた迷子のように神から離れてしまい、そのため死の不安や恐怖を抱かなくてはならなくなったのだ、と。ではどうすれば集団ストーカー犯罪者らが集団ストーキングという世にも変態な稼業から足を洗えるようになるか?それは是非、上記ブログ「鬼和尚の仏教勉強会」で解決法を学んでいいただくことにして、再び冒頭の問いに帰りたい。

  臆病者はなぜ地獄に堕ちる?いつもながら、ここまで拙文をお読みいただいた奇特な、しかし聡明な読者の方には、既に答えは明々白々であろう。昔話「かっと石」の主人公は臆病を隠そうとしてマサカリという物騒な凶器を持ち出した。同じように己の臆病を根元から見つめ直し、退治する努力をせぬ者が、現代の「マサカリ」に相当する凶器、すなわち非公開の電磁兵器や、それにアクセスできる通信端末といった集団ストーカー道具を持ち出す。相手が反撃できない状況をつくり、何の落ち度も無い、一般市民にすぎない無抵抗の被害者に、肉体的および心理的拷問を加え続け、生活を破壊し、死に至らしめてきた。しかも、たった一人を相手に、ときに数百人規模のマインドコントロールされた大衆が加害を行なう。まったく卑怯極まりないが、いやしくも「卑怯者」とは「卑しく怯える者」と書く。やはり臆病者ほど卑劣な行為に走りやすいということか。

 この「卑しく怯える」者どもが、同じように臆病な権力犯罪者と徒党を組む。すなわち遠隔から思考解読器などで他人のプライバシーを窃盗し、弱みを握って脅迫する犯罪でしか生きられない卑怯者の集団「コインテルプロ」犯罪者たちの奴隷として犯罪者の家畜のような人生を送る ― 神仏からも、道徳的にまともな人間からも見放され、もはや己を認め必要としてくれるのは、この権力犯罪者どもだけだからだ

 しかし臆病な者同士が何万人集団になったところで臆病者に変わりはない。集団になり気が大きくなることで、己の臆病を誤魔化しているにすぎず、「もしこれで共犯者集団から仲間はずれにされたら生きていけない」という別の恐怖心に苛まれ、犯罪が死ぬまでやめられなくなる。さらに集団でストーカー犯罪をやって「どうせ皆やってることじゃないか」と開き直り、死ぬまで罪を償うこともできない。だがしかしその肉体が死ぬときは独り、そして死んだ後も独り苦しむ現実から逃避はできない・・・
  
「端末を 肌身離さず 集団すとーかー デムパの届かぬ 地獄に墜ち泣く」

 さて、そのいっぽうで「集団ストーカー犯罪は、しない、させない、トボけない」人間こそは、今この世で最強の勇者であることは、もはや説明いらないだろう。

     ********************



Dhammapada


103、戦場において百万人に勝つよりも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である。

104/105、自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行ないをつつしみ、自己をととのえている人、___このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神も、ガンダルヴァ(天の伎楽神)も、悪魔も、梵天もなすことができない


317 、恐れなくてもよいことに恐れをいだき、恐れねばならぬことに恐れをいだかない人々は、邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく

319 、遠ざけるべきこと()を遠ざけるべきであると知り、遠ざけてはならぬ(必らず為さねばならぬ)ことを遠ざけてはならぬと考える人々は、正しい見解をいだいた、善いところ(天上)におもむく




関連資料映像:The Soviet Coup: Day One, August 19th 1991





Friday, September 21, 2012

どこかに不幸な人がいたら

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人の世の苦しみに泣いたおかげで
人の世の楽しみにも心から笑える
打たれて踏まれて唇を噛んだおかげで
生まれてきたことの尊さがしみじみ分る
醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
見てごらん ほら あんなに青い空を
みんなが何も持ってないと人が嘲っても
みんな知っている、もっと美しい本当に美しい尊いものを
愛とまことと太陽に時々雨さえあれば
あとはそんなにほしくない
丈夫なからだとほんの少しのパンがあれば

上機嫌でニコニコ歩きたい

それから力いっぱい働こう
そうして決して不平は云わずに
何時も相手の身になって物事を考えよう
いつもつらくても決してひるまずに

どこかに不幸な人がいたら
どんなことでも力になってあげよう
もしすっかり自分を忘れてして上げられたら
もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう

朝 お日様が昇るときは
あいさつに今日もやりますと叫びたい
夕べ お日様が沈むときは
夕焼け空をじっと見つめて座っていたい

心にいつもささやかな夢をいだいて
小鳥のようにそっと眠り
ひまがあったらふるい詩集をひもといて
ひとり静かに思いにふけりたい

幸せは自分の力で見出そうよ
真珠のような涙と太陽のような笑いの中に

今日もまたあしたも進んでいこうよ
きっといつの日か振りかえって静かに微笑めるように


 (以上、上野千里氏の遺言)

この詩を作った人は、グアム島の戦犯収容所で、絞首刑になって死んだ上野千里という人である。元海軍軍医中佐で、四十歳で刑死した。落下傘で降下した米軍操縦士の傷を手術中に「殺せ」という命令を受けたかれは、これを拒否してなおも手術を続行している最中に爆撃を受け、一時退避して再び取って返したとき、その米兵は何者かに刺殺されていた。その責任を問われ、絞首刑となったのである。
かれは無実であった。上官の罪を背負い、部下の罪を引っ被って刑死したのである。(p.229)

紀野一義 『維摩経』


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遺書

特攻隊の英霊に曰す
善く戦ひたり深謝す
最後の勝利を信じつゝ肉彈として散華せり
然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに至れり
吾死を以て旧部下の
英霊と其の遺族に謝せんとす

次に一般青壮年に告ぐ
我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ
聖旨に副ひ奉り自重忍苦するを誡ともならば幸なり
隠忍するとも日本人たるの衿持を失ふ勿れ
諸子は國の寶なり

平時に處し猶ほ克く特攻精神を堅持し
日本民族の福祉と世界人類の和平の為
最善を盡せよ

海軍中将大西瀧治郎


「之でよし百萬年の仮寝かな


「すがすがし暴風の後月清し

Tuesday, May 29, 2012

『拝啓 日本のギャング・ストーカー犯罪者の皆様へ』

 ~クリスマスのご挨拶

(初出2009年12月25日)


  在日本ギャング
ストーカー犯罪者の皆様、ジーザス誕生祝いの日いかがお過ごしですか?
ギャング
ストーキング犯罪の本家/本場ここアメリカでは、YOSHINOYA USAさえ夕方早々には店を閉め、ひっそりしたクリスマスイヴのこの夜も、ベッドに横たわり目を閉じた途端に近くで待機していたらしいギャングストーカーが乗った車が家の前にて停車し、3分間くらい何度もクラクションを鳴らしたりドアを開閉する音を立て、無視しているとそのうち笑い声を上げ去っていきます・・・いつものごとく。

  国民の半数以上が神を信じるこの国の、一年で最も和やかなはずのこの夜にアカの他人の、ただの日本人のオッサンの自宅に押しかけストーキングしなければならない、例えば上記のようなストーカー犯罪者たちが幸せな人生を送っていると、皆様は思いますか?
幸福で精神的に満たされた者が他人の苦しみ見て喜ぶようなことやると思いますか?

  皆様が日本でやっている集団ストーキングは、彼らキリスト教国の民が考え出した集団犯罪のパクリなわけですが、拷問用マイクロ波凶器をはじめ、遠隔から脳内の微弱電気信号を読み取り思考解読する機器まで開発
し、「そんなもの存在しない。妄想だ。病院行け」と世間を騙してまで独り占めし、いくら濫用してみたところで、科学技術の発達が人間を幸福にはしないことにそろそろ気づきませんか?

そこで皆さん、アメリカ人の犯罪手法をサル真似するついでに集団ストーキング犯罪本家のキリスト教の民が古来より、集団ストーカーのあなた方が死んだらどうなると教えているのか聖書を覗いてみませんか。

  マッチポンプ式に無益な対立を作り出し、煽り煽られ人格崩壊していったあなた方も心を研ぎ澄ませば、2千年の時と空間を越え、天上にて「父ちゃんは悲しいぞ」と嘆いてるジーザスさんの声が聞こえてくることでしょう。

   来年のこの日も暢気に2chをみていられる保障は誰にもありません
     では、どうぞよい死後を!    

門松は 冥途の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」 (一休)


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イエスは弟子に言った。「つまずきが起こるのは避けられない。
だが、つまずきを起こさせる者は、忌まわしいものです。この小さい者たちのひとりに、つまずきを与えるようであったら、そんな者は石臼を首にゆわえつけられて、海に投げ込まれたほうがましです。気をつけていなさい。」ルカ17
1

「すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである」
黙示録21:8

(生前、非常に欲深かった男が死後アブラハムに懇願する

『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。
・・・・わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることの
ないように、よく言い聞かせてください。 アブラハムは言った
『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』ルカ 1619-31


後記:このメッセージを最初にネット掲示板へ投稿したのが2009年12月のクリスマス。その後2011年3月に東日本大震災。生前の悪行を認め、償うことなく大量に亡くなった東北地方の集団ストーカー犯罪者の皆様にお悔やみ申上げます

「やり放題 やった犯罪償わず 東北PERPの 霊や今いずこ」

Tuesday, March 20, 2012

オンナ集団ストーカーの死後

【アニメで学ぼう!オンナ集団ストーカーの死後】

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((集団ストーカー更正教育ビデオ))

まんが日本昔話し「地獄の人参」


女の物欲、金欲、自己愛の凄まじさ、ましてオンナ集団ストーカーともなれば

それがどれほどおぞましい欲望の亡者かをご存知の方には

この稿についての注釈は要らないだろう。

Saturday, February 25, 2012

都合のいい嘘を本当だと思う集団ストーカー



旅法師「しかし、死んだ人間まで嘘を言うとは考えられない」
下人「なぜだい?坊さん」
旅法師「人間がそんなに罪深いものだと考えたくない」
下人「それはお前さんの勝手だが
いったい正しい人間なんているのかい。みんな自分でそう思っているだけじゃねえのか。」
旅法師「恐ろしいことを」
下人「人間というヤツは自分に都合の悪いことは忘れちまう。都合のいい嘘を本当だと思ってやがるんだよ。その方が楽だからな」
旅法師「そんなバカな」

(黒澤明『羅生門』)

[英語字幕]
Commoner: But is there anyone who's really good? Maybe goodness is just make-believe.

Priest: What a frightening...

Commoner: Man just wants to forget the bad stuff, and believe in the made-up good stuff. It's easier that way.

Priest: Ridiculous.
(Kurosawa, Rashomon)


やはり、死後の地獄を信じたがらない者らは、地獄があったら困るようなことしているからなのだろうか?

集団ストーカー天国と呼ばれる米国における調査でも、死後の世界を信じるものは国民の過半数いるものの、地獄の存在を信じるものの数は、それより明らかに少ないという統計が出ている。「都合のいい噓」を信じたがるのは、どの人種でも同じということだろうか。

Reference:
アメリカ人で信仰を持っている人 93% 持っていない人 7%
日本人で信仰を持っている人 33% 持っていない人 65%

NHK放送世論調査所編『日本の宗教意識』(日本放送出版協会1984年)

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Dhammapada 167
唯一の教えに違い、妄語をいい(偽りを語り)
来世の存在を 信じない者には 悪として なされない悪はない。
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NHK 放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会 1984 年)によれば、
日本人で信仰をもっている人 33%、信仰をもっていない人 65%に対し、アメリカ人ではそ
れぞれ 93%、7%となっている。
NHK 放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会 1984 年)によれば、
日本人で信仰をもっている人 33%、信仰をもっていない人 65%に対し、アメリカ人ではそ
れぞれ 93%、7%となっている。

Saturday, February 11, 2012

「中有という存在」 いま死んだ どこへも行かぬ ここに居る


噓をつく必要のない釈尊は、生まれてくるまでと死んでから先に、「中有(ちゅうう)」という存在で生きつづけるのだと仰せられるのです。・・・人が死ぬと、肉体は滅びても、「霊(たましい)」は生きつづけるというようなことはありません・・ところが死にっ放しにならないで、中有の霊肉に生まれ変わるのです。中有の霊肉は、この世の人間界のそれよりもはるかに微妙で、例えば壁などの障壁物を自由に突き抜けることができます。われわれは中有の存在を見ることができませんが、中有の人は、縁がある人を見ることができるのだそうで。「幽明境を異にす」などというのは、この間の消息をいうのでしょう。 (p.134)

岡田利次郎坐禅のすすめ


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204 :鬼和尚 GBl7rog7bM2010/11/08() 19:56:51 ID:hMlmt1ok0
>>192 昔、テレビを見とったらガッツ石松と言うのが出ておった。
 神経が太い男で真夏の夜に暑くなると墓場で涼むそうじゃ。
 すると目の前に人の形をした影がいくつも通るのが見えるそうじゃ。
 しかし、神経が太いからそれだけじゃ。
 
 本当は大抵のものが良く注意してみれば見えるものじゃ。
 しかし、石松のように墓場で過ごしたりせず、死を恐れ、死に関わるものを見ないようにしているから、何か在っても見えない事にしているのじゃ。
 生死を分別し、生きた者と死んだ者は別だと頭で考える故に、死の話もおかしいと感じるだけなのじゃ。
 死によって何かが変わるわけではない。
 誰も消えず、どこかに行くことも無く、親しかった者に会いたければ夢の中で会えるじゃろう

   (伝説の鬼和尚スレより)

379 - Dr. Rauni Kilde (3 of 13): WHO AIDS, Swineflu.., 

 
「いま死んだ、どこへもいかぬここに居る、たずねはするな、ものはいはぬぞ」
    (一休和尚

Saturday, February 4, 2012

単純に殺されるより深い自殺の苦しみ


プンナ:スナーパランタという地方に定住して伝道しようと思います。

ブッダ:スナーパランタの人は凶悪である。しかも粗暴である。人々がお前を罵り嘲ったならば、お前はどのように対処するか。

プンナ:そのときはこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら私を掌をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、掌をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら土塊をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、杖をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら刀剣をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、刀剣をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら命を奪うことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、命を奪ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら世尊の弟子の中には苦悩のために刃物をとって死を求めるものもおります。私は自分で刃物をとらないで死ぬことができる」と思いましょう。

ブッダ:お前は自制力と安穏な心を持っている。(p.123)

     『ブッダの人と思想』中村元・田辺祥


「対テロ」だの「防犯」だのと寝ぼけた妄想で自己を正当化しながら、集団で連日24時間、非公開の最新器機をも悪用して何の罪もない他人の頭の中までノゾキ見し、十年でも二十年でも嫌がらせやストーキングを繰り返し、心身を壊させ、自殺にまで追い込む集団ストーカー行為が「紛れも無い人殺し」である理由は、既に様々な角度から説明した。これが人間としてやってはいけないことであるという当り前の常識はほとんどの人間が理解できるだろう。ただし骨の髄までマインドコントロールされ、もはや因果応報の報いで地獄を見るまで変態犯罪がやめられない体になってしまった、例えば集団ストーカー天国アメリカの愚かな大衆や、この者らに集団犯罪をやらせる洗脳を行なっている良心をもたないサイコパス・権力犯罪者を除けば、だが。

ただもう一点、忘れてならないことは、集団ストーカー犯罪によって人を自殺に追い込んだことは紛れも無い人殺しであるばかりか、これまで人類が犯してきたどの人殺しよりも卑劣で、被害者に与える苦痛はどの人殺しよりも大きく、罪は最も重いということだ。

人は、そう簡単に自殺などしない。「自殺する者は心が弱いだけだ」などと知ったかぶりを言うのがいるが、それはただ単に自分が、都合の悪いことからすぐ逃げる臆病な人間なため深刻な集団ストーカー被害に遭ったこともなく「まだ」本当の苦しみを知らないからにすぎない。あるいは己の卑怯さ、臆病さを犠牲者に投影しているため、そう見えるだけだろう。
自殺せねばならぬほどの苦しみとは、単純に殺されるよりもむごいという事をこのお経で、今一度嚙締めていただきたい。

そして道徳レベルの比較的に高い日本で生まれ育ったものには信じがたいことだろうが、世界には好んで悪を行い、人の苦しみを見て喜ぶ、人間の皮を被ったカネや権力の亡者が大勢いる事実も受け入れねばなるまい。これらの者たちは人が苦しめば苦しむほど嬉しく、ただ単に殺したのでは飽き足らないから毎日、集団ストーキングやハイテク凶器による遠隔からの拷問を楽しんでいる。ただでさえ卑劣なのに、己の犯罪を持続可能なものとするため、物的証拠をとられにくいよう周到に細工し、第三者には、すべて偶然であるかのように見せかけ、告発されても「そんなことやってない。被害妄想だ」と噓を吐いて逃げる卑劣さをも併せ持っているから露見しにくいのだ。故・河合隼雄氏との対談本で中澤新一氏をして「アングロサクソンは完全犯罪をやらせたら天才的ですよね(笑)」と言わしめた所以もここにある。

ところが、まるでバランスを取るかのように、この凶悪卑劣な集団ストーカー犯罪者の危害に決して屈せず、告発を続ける比類なき勇者が生まれるのもまた、この文化からなのが面白い。それを端的に物語っている次の動画をご覧いただこう。


                     関連動画:Youtube: "The Hidden Evil"
video
  
In memory of the tortured people who have been murdered or driven to suicide by vigilante groups.
             
                       (動画 Movie from 600
ギャングストーカーというリンチ集団に拷問され、殺害または強要自殺させられた人々を追悼す

●次々に映し出される罪無き犠牲者の生前の顔写真をどうか一度ご覧いただきたい

   Please look at a series of innocent victims' pictures when they were alive. 


  「役人やメディアはなぜこの狂気に同調しているのか・・・・・
   なぜなら仕事がもらえてメシを喰わせてもらっている
   このシステムを守りたいからだ」
             Decamp上院議員
  (同Youtube動画"The Hidden Evil" 1:52より)
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Suicide Prevention
Spotting the Signs and Helping a Suicidal Person
A suicidal person may not ask for help, but that doesn't mean that help isn't wanted. Most people who commit suicide don't want to die—they just want to stop hurting. Suicide prevention starts with recognizing the warning signs and taking them seriously.
[自殺する人のほとんどは死にたいのではありません苦痛を止めたいだけなのです]
自殺企図者の快復を支えるベルモント大学のウェッブページより