Saturday, July 9, 2016

真の自覚から生まれた死でなければ意味がない

「日本は勝てない。いや、負けたほうがいいんだ」
これは、いままでの私が受けた教育を、すべて否定するものである。いまの私という存在をすら、否定することばである。こんなことばに、はじめて私は出会ったのだ。
 うろたえて、あるいは強い反発を感じて、私は彼の顔をまざまざと見直した。
 が、そういってから、ニコニコして私を見つめている彼は、いつものとおりの温和なM少尉にもどっている。
「不満そうだが、それじゃ君は、勝てるとでも思っているのかい」
 いわれて私は返答に困ってしまった・・・。
「勝てるとは思えないとしても、負けたほうがいいとは、いったいどういうことなんですか」
下手なことをいったら、たとえ上官でも許さんぞという気持ちが強く胸にあふれていた・・・。
「死というものに、自分なりに意義を見出さなければ納得できないんだ。魚雷に乗って、“天皇陛下万歳”と叫んで単純に突っ込めば、特攻隊としての任務は果たされる。もちろんそれでもいい。しかし、俺はね、それだけじゃいやなんだよ。それだけで満足できるかい?」
「できます。よしんばできなくたって、ほかにしかたがないではないですか」
「そこだよ、俺のいいたいのは。・・・君が小さいときから受けてきた教育というものが、いかにでたらめだったか、考えたこともないだろう。だが、事実なんだよ。君が誇りをもって死ねるということは、君が他のことを考えないように教育されてきたからだ」
「・・・・」
「国を憂えるのはよい。しかし、真の自覚から生まれた果敢な突撃でなければ、意味がないじゃあないか。外部からウソをたたき込まれ、考えもなくそれに共鳴して、ひとつしかない大事な命を捨てるなんて、愚の骨頂だよ」
「それじゃあ、M少尉はどんな信念をお持ちなんですか」
「・・・いちばん考えたのは、自分が死ぬということだよ。・・・俺はな、こう考えたんだ。つまり、俺は天皇のために死ぬんじゃない。俺だけは違う。俺は新生日本の礎石となる。そのさきがけになるために死ぬんだ、とな。そう考えて、やっと俺は悩みを解決したんだ・・・。」私はそのときのM少尉の目の輝きを忘れることができない。出撃を前にして、あの時代にこれだけのことを考えた男が、果たして何人いただろうか。


横田寛『あゝ回天特攻隊』

Saturday, July 2, 2016

実録 被害者の怨念 その3

「時々、悪い夢でも見るのか、『オカン』がひどくうなされることがあって・・・」

[尼崎連続殺人鬼・角田美代子と]同じ房に収容され、打ち解けた関係になった女性が、そんな打ち明け話をする。

一橋文哉 『モンスター』