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Saturday, April 15, 2023

大門正幸 『生まれ変わりを科学する』

 1950年7月生まれのダニオン・ブリンクリー。25歳の時、落雷で実質的に死亡した時の体験です。

…ベトナム戦争のとき、カンボジアのジャングルに潜む北ベトナム軍の大佐を狙撃して頭を吹き飛ばした場面で大佐が感じた、頭が吹き飛ばされた時の混乱や二度と家には帰れないと気づいた時の苦痛、そして、家族の悲痛な気持ちを感じました。

…面白半分に誰かを傷つけた場面を思い出すのは、何より辛いことでした。

また、人生にとって一番大切なのは、人にどれだけ愛情を与えてきたか、人からどれだけ愛情を受け取ってきたか、であり、自分自身の人生は非常に情けないものであったと深く恥じ入りました。



臨死体験後、奇跡的に回復を遂げたブリンクリーは、生き方を大きく変え、ホスピスでボランティア活動を行うなど、愛ある行為に重きを置いた人生を送るようになりました。

そして1988年5月、ブリンクリーは手の傷からブドウ球菌に感染し、最初の臨死体験で弱っていた心臓が損傷を受け、瀕死の状態に陥りました。この時、2回目の臨死体験が始まりました。

人生回顧の前半は1回目と同じで、25年間の出来事を身を切られる思いで追体験しました。しかし、後半の14年間の回顧は、自分の愛ある行いによって心が満たされた人たちの喜び・安堵・幸福感を自分の気持ちのように追体験しました。

この時の気持ちをブリンクリーは「善行が花火のようにはなばなしく打ち上げられていた。それは、まるでアメリカ独立記念日の花火大会のような気分だった」と語っています。


************

深い瞑想に入って己と言う概念が消える時、自他を等しく観る意識を感じるじゃろう。

 他人に行った事を、己に行ったことと観て、平等に扱う平等性智がそこにあるのじゃ。

 それは他人を苦しめたのならば、自らをその分苦しめるように体を動かすのじゃ。

 誰も己の心を騙すことが出来ない故に、それは善悪の行いをくまなく平等に観ることができるのじゃ

鬼和尚:2011/06/01

Thursday, May 13, 2021

死生観が崩壊した亡者が逝く

 今の団塊世代あたりは、一番死生観が崩壊している。面白い統計(統計数理研究所の「日本人の国民性調査」)があって、一九五八年と二〇〇八年に、おなじ項目で死生観調査をやっているんですよ。それを見ると、あの世を信じるかっていう問いかけと、信仰を持っているか、実は一番低いのが一九五八年の二〇代、つまり今の団塊世代です。あの世を信じるのも十数%しかいないし、宗教を信じるというのも十数%しかいなくて、その当時の七〇代が宗教性もあの世思想も両方偏りを持っているのね。

ところで、二〇〇八年に、もう一度同じ質問をしてみると、20代のあの世があると思っている率が、四九%に一挙に上がるんですよ。…いくつかの大学で緩和ケアの講義をしたときに、二〇代の若者の声が聴ける貴重な機会と思って、「あの世あると思う人は手を挙げて」って尋ねてみた。受講する学生や所属学部の理系度と受験の難易度に、宗教性は反比例するようなんだ。自分がまわった中では、旧帝大の医学部が一番低い。(p.p.146-147) 

岡部健「暗闇に下りていく道しるべ」がケアには必要だ

『ケアとしての宗教』所収

Sunday, March 28, 2021

「今だけカネだけ自分だけ」集団ストーカーの孤独死

 私がこれまで看取ってきた中で特に顕著だったのが、都会の大会社などに勤め、いつもビルの中でデスクワークをしているビジネスマンたちです。彼らは日々、自然を相手に仕事をすることがありません。土や泥にまみれて働くということがありません。彼らは、とかく「死んだらすべてが終わって、自分の存在すらなくなってしまう」と思い込み、生に強く執着する人が少なくありませんでした。

そういう人たちは、科学的に証明されることこそが真実であり、科学の知識で解決できないものは敬遠します。死の恐怖をやわらげてくれる可能性があるはずの「お迎え」現象も、「そんなもの信じられるか」という否定的な感じでした。

こうなると、最期が近づき、「お迎え」があったとしても、それを受け取れずに終わってしまいます。そして、先祖も誰もいない場所で、ひとりぼっちで孤独と向き合い、死の恐怖と闘いながら死んでいくのです。(p.167)


奥野滋子『「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま』

Sunday, April 12, 2020

集団ストーカーの前世はアズマヤドリか

アオアズマヤドリのオスは、メスの気を引くために不思議なU時形の建造物を作る。何百本もの細い枝を集めてきて、まるで籠でも編むかのようにびっしりと組み上げて行くのである。…残念ながらこれはディスプレイ専用である。彼らの本当の巣は樹上にあり、従ってこの建造物は庭園などに立てられた小粋な小屋、即ち東屋に相当する。
[・・・]
ところが、…ライバルのオスが隙を窺ってはやって来て、東屋を壊し、ついでに大事なコレクションを盗んでいったりするのである。
アメリカのG・ボージアは、アオアズマヤドリのこの“犯罪行為”について詳しく調査した。…それによると、東屋壊しの犯人はたいてい最も近くにすんでいる者である。“犯人”は主の留守を狙って抜き足差し足で近づいていく。あるいは近くの枝にじっと止まって主が出かけるのを待っている。全壊させることは稀で、たいていは半壊か小枝を数本抜きとるだけである。ただ、貴重な青い羽根を盗んでいくことだけはどの犯人も忘れない。当然と言うべきか、よくできた東屋ほど被害に遭いやすいこともわかった。

しかし驚いたことに、この調査によるとオスのほとんどすべてが何らかの犯罪者であるという。だから東屋めぐる犯罪模様は大混戦で、他人の東屋を壊しに行っている隙に自分の東屋が壊されてしまうとか、犯行の最中に主が帰ってきて大騒動になるというケースも珍しくない。オスはどうやら近所どうしで意地悪合戦をやっているらしい。

竹内久美子『そんなバカな!遺伝子と神について』

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【参考】

 古都に空襲がなかったのは、その文化財を保護するためにアメリカ軍が爆撃を控えていたからであり、そのことを進言した“古都の恩人”はウォーナー博士であるという、≪ウォ―ナー伝説≫は全く事実無根であった。
 米軍による爆撃によって焼失した日本の文化財は、国宝二九三件、史蹟名勝天然記念物四四件、重要美術品一四三件であり、合計四七一件もが灰になったという。
…CIEの前身は、太平洋戦争において「ラッカサン・ニュース」などで活躍した米軍の〈心理作戦課〉であった。…つまり対日心理作戦の専門部隊であった。そして、CIEの局長であるダイク准将も、《ウォーナー伝説》の創作者ヘンダーソン中佐も、共に対日心理作戦に従事した専門家だったのである。
 つまり、CCD[*民間検閲支援隊]が検閲を通して、原爆報道などアメリカの悪いイメージの流布を阻止することを任務としていたのに対して、CIEの任務は宣伝によって、日本軍国主義の批判やアメリカのよいイメージの普及をはかることにあったのである。

吉田守男『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』

Saturday, November 3, 2018

集団ストーカーが本来、受けねばならぬ罰

     You are on the wrong  side of  the bars.

[実際の絞首刑の現場]

バッター-ッン・・・・・・。
両の耳をつんざくような音が、乱暴に沈黙を切り裂いた。(三鷹事件の濡れ衣を着せられた)桜井が立っていた足元の踏み板が外れ、そのはずみで反対側の床の裏側に叩きつけられたのだ。上方の明かりとりの窓ガラスが、地震の時のようにビリビリと音をたてて震えた。

窓ガラスから下へ視線をもどすと、そこに立っていたはずの桜井の姿は、もうなかった。再び静まりかえった部屋で、天井からぶらさがった一本の太い縄だけが、ギッシギッシギッシ、不気味な音をたてて揺れていた。小さな円を描きながら小刻みに震え、時おり大きくブルブルッと揺れる絞縄の動きは、その場にいる全員に否応なく、地下に吊り下げられた人間の断末魔を想像させた。p.196

[処刑に立ち会う渡邉教誨師]

自分の目の前をロープが、ビーンッと伸びて、落ちていった体がグッ、グッ、グッとなるのをね、こうやって上から見るんです。
 ロープがね、あのロープがね、重さによって一本か二本、細いのがピシッピシッピシッと切れることがあるんです、体の重さでね。
・・・・失敗したからと言って助かりっこない、首が切れますから。p.p.201-202

・・・・何かあるとすぐに死刑、死刑と言うけどね、それを実際にやらされている者のことを、ちっと考えてほしいよ。p.203 (渡邉)

堀川恵子『教誨師』

Saturday, September 30, 2017

らちもないことを始めて


 私は長い間、亡き方のお手紙を桐の手箱に納めて箪笥に秘めていた。それは原町飛行場で厳しい訓練に明け暮れていた若い飛行兵達から私に送られたものだった。
 昭和十九年秋、彼等は決戦に馳せ参じる決意で気負い立っていた。涙ながらに見送る私達に、或る人は淡々と、或る人は人間的苦悩をみせて別れて行ったが、どの人も自分達が亡き後も新聞、映画に戦果をたたえられて、いつまでも人々の胸に生き続けると信じて征った。
「新聞を見て下さいよ。」と口々に言った言葉が、ありありと私の耳に残っていた。
 しかし、敗戦を迎えたとき世論は一変した。特攻隊員は異常な人でもあるかの様に言われていた。
 可哀相に、生命を賭けて守ろうとした日本と、国民にののしられ忘れられるあの方々。敗戦であっても、生命をかけた行為が罪悪とまで言われなければならないことなのであろうか。
 私まで忘れてはしまえない。満州で特攻命令を受けて敗戦で生き残った主人に頼んだ。この手紙は私が生涯、大事に持ち続けます。死んだら私の柩に納めて一緒に焼いて下さいと。(p.1)

        ******

 昭和四十九年、沖縄戦で戦死された六十六戦隊、川口弘太朗さんの弟、川口剛さんが原町の慰霊碑に参拝においでになった。
・・・「一生懸命作って、兄貴たちを逝かせてしまって…… 怠けてればよかった」。剛さんは、各務原の工場に勤労動員として行き、飛行機の部品を作っていたという。この言葉は、私達戦中派に共通の後ろめたい思いを代表している。私が懸命に慰問文を書き、役に立たない[自分の]身を嘆いた事は、あの方々を一途に死に追い込む事になったのではないかと悲しまれる。


 戦争責任というものがあるものなら、戦犯、軍人などばかりが罪人とは言えないのではないか。あの時代に生きた者一人一人罪を犯しているはずである。太平洋戦争の始まった日、十六年十二月八日に私の身辺で、困った事がおきたと言った人はなく、遠縁のおじいさんで日露戦争に従軍したことのある方一人だけだった。「らちもないことを始めて」と吐きすてる様に言ったのを聞いた。国民の大部分、真実をしらぬままではあるものの、戦争を喜んだのだ。いま戦争を知らない人達はよくこんなことを言う。「入隊を断ればよかったのに」とか「逃げればよかったのに」などと……。そんなこと出来るはずもなく、また、その様な発想もなかった。軍国主義の教育を受けて信じていた私達若者だった。


 流されて生きたのは、私達も、あの戦って死んだ人も同じだった。そして彼等は怒涛に呑み込まれてしまった。後世の人の批判にも賞賛にも答えるすべのない世に行ってしまった。生き残った私達は、当時の思いも行動も、こうして弁解する事が出来るが……。
 必死に生き、そして戦死した青年達の息吹きをいくらかでも伝え代弁してあげたい。(p.p.52-53)


          ******


 ・・・[特攻隊員のひとりが原町を旅立った]この朝受けた電話も、心に残る一事だった。出発時刻変更を告げた後、受話器の向うの人は、語るべき思いも言えぬまま長い時間受話器を持っていた。そして答える言葉も持たず私も送話器の前に立ちすくんでいた。これから生きて語るべき言葉を、その一刻に圧縮した重い沈黙だった。十五歳の少女の私にはすべもない深い深い沈黙だった。その重みは私にずしりと伝わって来て耐えきれず、ついに私の方から別れの言葉を告げた。何故、私は別れを告げてしまったのだろう。受話器を持ちつづけた彼は何かを語ろうとしていたのではなかったか。受話器を置けば永別、手がしびれる程待ちつづけていればよかったのに。

 この手記を書きだした或る日、この電話の場をそっくり再現した夢を見た。その中ではさすがに私も十五歳の少女ではなかった。噴き出す思いを如何に伝えようかと焦って、問いかけたが、やはりあの日の様に受話器のむこうは一語も漏れて来ない深い沈黙のままだった。私は、「何で返事が出来ないんですか。軍の秘密なのですか」と叫んで夢から覚めた。今も軍の秘密などという事が夢にでる私は、生涯心に傷を負って生きていることを私自身知らされるのだった。(p.100)


          ******

十月三日
[...]
いつだったか斉藤さんに人間の本能で自爆する時、自爆目標が目の前に大きく見え出すと、無意識のうちに飛行機をあげてしまふ。それでその時は飛行機をぜったいにあがらぬ様にしてしまふか、ピストルで自分の頭を射ち抜くかするんだと言ふ話を聞き、人間ってそんなものか知ら、今まで自爆なんて事を何の気なしに聞いて居たったけど、皆そんな風にして自爆してゆかれたのか。そんなにまで強い人間の本能をおさえて……と思ったら、暗い気持ちになるっていろゝと考へて居た時だったからなほ感[慨]深かった。(p.p.55-56)

          ******

 敗戦後の特攻隊員、戦死者に対する世間の評価は冷たいものだった。
 軍部にあやつられ、単純に命を捨てた愚かな若者と思われていた。思い出を口にするのもはばかられる世相となっていた。
 いまになっても、前後の見通しもつかないまま行動すると「特攻」の名を冠らされる事をもっても、いかに当時、軽侮の視線をなげられたかわかると思う。
 ご遺族はどんなにつらかったであろう。大切な肉親を無理に奪われ、その上、冷たい世論を受けなければならなかったのだ。
 私は人間としての彼等と親しくつきあった。たとえ軍人であろうと、人として豊かな情感を持っていて、それでも、それを圧殺して任務を全うした人々だったのに、その噂すら話すことも出来ない。(p.p.119-120)

         ******

 或る日「寺田さんが戦果をあげたのかどうか不明なのは残念でならない。命を捨てたのに」と遊びに来ていた青年に私がつぶやいた。
「だったら敵を大勢殺して死ねばよかったのですか」。彼に反論されて私は大変な衝撃を受け、頭をなぐられた様な思いだった。
 そうなのだ。戦果というのは相手を殺すことなのだ。人間である相手を。……
 それまで、私の頭の中は戦後三十年もすぎていても、戦争は机上の戦争と同じだったのかも知れなかった。

撃沈される船にのっているアメリカ兵も、親も子、恋人もいる人間であることに思い及ばぬ幼さというか、戦時中で、思考の止ってしまっていた人間だった。(p.135)


八牧美喜子『いのち ― 戦時下の一少女の日記』

Sunday, September 24, 2017

被災地タクシー運転手の幽霊体験

 今回の震災以後、岩手県や宮城県そして福島県でも、タクシーの運転手さんが同じような幽霊体験をしています。
道で手を挙げる人がいるので停車して載せ、行く先を聞いて走り出します。しばらくその目的地に向かって走るうちに運転手は気づきます。
「お客さん、あそこは今、瓦礫も片付いてませんし、行っても何もありませんよ」
場合によっては載せた直後、すぐに運転手が気づくこともあったようですが、「とにかく行ってくれ」というのが客の返事。仕方なく車を走らせ、目的地付近に着いて「このへんでいいですか」などと訊きつつ振り向くと、後部座席に人影がない、というのです。
 なかには後部座席が濡れていたとか、多少のバリエーションがありますが、同じような体験を相当多くのタクシー運転手さんがしているようです。


玄侑宗久『やがて死ぬけしき』


    *****

 石巻ではタクシーに幽霊を乗せた運転手の体験談が多く聞かれ、その話を収集した大学院生の論文が話題になったことがある。(p.175)

畑中章宏『21世紀の民俗学』



Thursday, March 9, 2017

幕末の集団ストーカーの死

9 芹沢鴨・剣と凶行の足跡

 ある時[新選組の]芹沢は、天狗党の所行を諫めようと目論んでいた常陸国川合村の農民を一夜、裸体にして縛った後、首を刎ねたという。

 万延二年(一八六一)に[は] 下総佐原村で・・同志六名と村に入り、翌日、村役人を宿舎に呼び出して、一千両の活動資金を用意するよう求めた。
[満足する回答を待ちきれない浪士たちは]香取神宮へ参詣に出向き、社人らに暴行・・名主宅に押し寄せて家屋を破壊、通行人の頭を見境なく鉄扇で叩き付け、犬を切り殺し、通りがかった魚屋の天秤棒を取り上げ、容赦なく叩き付けたと『常野集』は伝える。


当時を知る故老は回想する。

・・佐原の町の内は往来がきれてしまって、人っこ一人通らない。・・実に暗黒世界で、地頭からは政府へ願っても今に行く、今に行くというて、一向にはかどらない。いわゆる無政府の有様であった。(一九〇七「五十年前の佐原」朝野泰蔵)
・・浪人ども短筒様の物[註:ピストル]を銘々所持候様子にあい見え、なかなかもって乱暴取り鎮め難く・・・(『常野集』)
・・芹沢という人は、まったく怖い人だったそうで、人間を斬ることなど、まるでこちとらが、芋か大根でもきる程にも思わなかった・・。(一九三〇『史外史譚剣豪秘話』)

 (芹沢は)酒を飲めば、刀を抜いて、女を追い廻す癖があって、ある日、あんまりうるさいので、酔いつぶれて寝転ぶうちに、舞妓どもが大勢して、打ち紐で大小をガンジガラメに縛り、抜けないようにして、
「こうしといたら怖いことおヘン」
と転ばしたりして居るうちに、芹沢は酔いが醒めぬまま、その刀を提げて帰る途中、同志の誰かに[粛清のため]殺されたと、聞いて角屋は赤飯炊いて大喜び、さっそく角屋から、(大阪新町の)吉田屋へ、早飛脚が立ったということを聞いて居ました。(一九三三「新町情話」)


23 新選組に斬られた人びと  公務よりも死闘を

(記録上に確認できる二十一件の殺害事件のうち)公務と判断できる事件での死亡案件は半数にも満たない。
その一方で、私怨や私闘に類する殺害者は半数以上もあった。・・・部外者への暗殺行為は決して多くない。
新選組が刃を向けたのは、何よりも内部に対してだった。(p.159)


12 斎藤一かく語りき

斎藤一の述懐を紹介したい。
・・よく昔から人を斬った者は、その亡霊に悩まされて、夜もろくろく睡眠がとれぬとか、悪運強く畳の上で往生したにしても、死に際がわるいというが、余にはそのようなことはない。
おそらく死ぬときもそうと思う。何故って余は世間でいうように、仮に多くの人を斬ったにしても、戦争で敵を敗ったも同然、私の怨恨でカスリ疵一つ、他に負わした覚えはない。これだけは威張って、大きな声で言っておいてもよいと信じている。(p.79)


伊東成郎『新選組と刀』

  今から2千6百年前、インドのある将軍が釈尊に訊ねて曰く「自分は国のために命をかけて戦ってきたのだから死後は、きっと天界へ行けると思うがいかがか」。
釈尊は「私に言わせるな」と口を閉ざされたが、再三問われ、ようやく答えて曰く「汝は特別な地獄へ赴くだろう」。
人殺しに加わったのだから死後の責苦は免れないのだろうが、「特別な」地獄というのは、ただの地獄とどう違うのだろうか。
 軍人同士の戦いは敵もまた武器を持って自分を殺しに来るのであり、お互い正々堂々、対等な戦いである。
何よりも軍人は同胞を守るため勇敢にも自らの命をなげうつ覚悟なのだから、死後に赴くのは、まさしく阿修羅のような神々と紙一重の修羅道のようなところなのであろう。また日頃行いの正しい人が敵を殺すことなく、やられたならばそれほど悪くはないところに時を経ず生まれかわることもできるだろう。世界中の人々が目を見張った戦後日本人社会の奇跡的な復興と目覚ましい発展は、この生まれ変わりの人たちが支えてきたのかもしれない。


 一方、釈尊は「手向かうことなく罪咎のない人に害を加えるならば・・身やぶれてのち地獄に生まれる(『ダンマパッダ』)」と無抵抗な相手を一方的に害する場合は「ただの地獄」に堕ちるとも教示されている。
 つまり自己犠牲を厭わず修羅の如く死地に赴く武士や軍人とは正反対に、己の性欲、金欲、権力欲のため罪なき人を、たとえ同胞でも殺す犯罪者、あるいは己さえよければ同胞がいくら殺されようがどうでもいいと、被害者を見殺しにすることで犯罪者に媚び諂う卑怯者の死後は、やはりただの悲惨な地獄というわけだ。
 上掲の斎藤一は自分がそのような卑怯者ではなく、稀有な例外だったことを殊更に強調しているが、これは新選組の多くは「ただの地獄」に堕ちる、ただの反社会性人格障害者だったことを逆説的に物語っている。


 さて21世紀の現代、日本国内で無抵抗の罪なき人々に対し陰に陽に横暴を極め、一人を相手に大勢で協力して拷問し自殺させたり、人為的な災害、事故、病気などで殺す卑怯者といえば、言うまでもなく集団ストーカーどもであるが、中でも最も臆病で卑劣な集団の代名詞といえば、俗に広域指定暴力団「桜田組」と揶揄されている警察犯罪者の集団だろう。もっとも正統な暴力団構成員なら堅気には手を出さないし己の為した行為について「そんなことはしていない」などと嘘を吐いて否定するような卑怯な真似はしないだろうから、警察犯罪者を暴力団に譬えるのは、暴力団の方々に失礼ではある。しかし暴力団について世間一般の持つ悪辣なイメージは実は警察犯罪者がやっていることだったのだというわけで、ご勘弁願いたい。
 参考までに警察犯罪者らが標的にしているのはどういう対象が多いか見てみよう。
 貴方をアパートの一室に連れて行った、その担当者が、最初に貴方を強姦した犯人です。
貴方を強姦しておいて、さらにその捜査を自分で担当しているのです。公安が催眠強姦をする目的は 、貴方を利用する為です。就寝中の強姦被害から、公安の協力者になり活動に参加するようになった女性は、大勢の男と肉体関係を結ばされた後、口封じの為、殺されてしまった人が少なくありません。
貴方に普通の常識と思考力があれば、やがて「強姦犯人は、この警察官たちだ」という事に気付きます。 
その時が危険です。さらに、協力者として公安の活動に参加した場合、公安の色々な秘密を知る事になります。行く度に絶対に口外しない約束をさせられますが、その場合、貴方は秘密を漏らさないか、常に公安に監視されます。(『●ストーカーの正体は警視庁公安部● 』http://cointelpromkultra.blog.fc2.com/blog-entry-52.html) 
 殺されたのはすべて女性、これまでに少なくとも22人が殺害された。『っ警視庁公安部上尾分室』http://uni.2ch.net/test/read.cgi/police/1287338396/

・・・アウトローたちは「自分たちのしていることは悪い」と自覚している。だが最近の警察はやくざもびっくりするようなことをしていながら「正義」をふりかざしている。

盗聴や監視は庶民に対して行なわれるだけではない。シャブをやっているチンピラの逮捕よりも警察官僚が大事にしているのは、「身内の情報」である。

  敵対派閥の動向を知るためには、盗聴が手っ取り早い。
一九九九年の盗聴法の成立にはそうした背景もあった。
(p.93) 『警察官の犯罪白書』 宮崎学


[在職中に、組織の不正を改善するよう何度も具申してきた]私は3回もあらぬ疑いで「特別視察対象者」に指定されました。これになると、3ヶ月にわたり、監察から尾行や張り込みなどの監視を受けます。精神的に耐えられず、辞職したり、自殺したりする警察官もいます。
 かくいう私も、2回目に「特別視察対象者」に指定されたとき、監察から長時間の取調べを受け、血尿が出て、精神的にも体力的にも限界となりました。妻と心中しようとしましたが、彼女が「悪い警察の思うツボ」と言うので、思いとどまったんです。(p.p.86-87)
飛松五男『なぜ警察官の犯罪がなくならないのか』


 新選組と桜田組。歴史は繰り返すというが、どちらもにしても、まもなく滅びゆく権力者にすがりつき、私利私欲で人殺しをやるただの犯罪者がほとんど。
畢竟「死に際が悪そうな」点はなんともおどろくほどに酷似している。もしや、すでに殺された犠牲者の亡霊に夜な夜なうなされている警察犯罪者も実は多いのではなかろうか。

Saturday, January 21, 2017

殺人など不幸を助長する仕事に手を染めて

加害者による内部告発(殺人)

2ちゃんねる掲示板に「自殺を促す仕事に関与した私の懺悔」という加害者と思われる書き込みがありました・・・

「情報収集の結果・・・・我々工作員はこの2つの情報から以下の工作を行うことにしました。・・・・ターゲットは、その後ビルの屋上から飛び降り自ら命を絶ったそうです。運悪く最後にターゲットに不幸を働きかけたのはこの私だったのです。この人を殺したという罪の意識にさいなまれここ(2ちゃねんる)へ書き込みました。多くの人達、特に若者達にこの事実を記憶の片隅にでも置いて頂いて、 殺人などの不幸を助長する仕事に手を染める悲劇を未然に防ぐ事だと 気付いたので生硬ではありますがこの文章を書きました。 この文章が官僚の目に留まり国に働きかけてこのような悲惨極まりない仕事を日本から追放してくれることを心から願っています。」

安倍幾多郎 『集団ストーカー認知・撲滅』


これを読んだ集団ストーカー犯罪者諸君も人殺しを懺悔して贖おう。

「あなたは人を殺したのですか」「はい」

 米海兵隊員としてベトナム戦争に従軍し、その体験を語り続けたアレン・ネルソンさんという方がいました。
・・ベトナムで大勢の人を殺したネルソンさんは除隊後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみました。悪夢にうなされ、一時はホームレスになったそうです。
 あるとき、同じ高校出身で小学校の教諭になった女性に出会い、戦場での体験を話してほしい、と頼まれました。ネルソンさんは小学校に出向き、自分の体験を語りました。
子供の一人がネルソンさんに、「ネルソンさん、あなたは人を殺したのですか」と聞きました。ネルソンさんは「はい」と答え、涙をこぼしました。子どもたちは「かわいそうなネルソンさん」と言い、ネルソンさんと一緒に、抱き合って涙を流したそうです。
・・このとき、子どもたちが一緒に涙を流しながら抱きしめてくれたことで、ネルソンさんの気持ちが救われたといいます。



中下大樹『悲しむ力』

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【参考】加害者による内部告発(殺人)

2ちゃんねる掲示板に「自殺を促す仕事に関与した私の懺悔」という加害者と思われる書き込みがありました・・・

「情報収集の結果・・・・我々工作員はこの2つの情報から以下の工作を行うことにしました。・・・・ターゲットは、その後ビルの屋上から飛び降り自ら命を絶ったそうです。運悪く最後にターゲットに不幸を働きかけたのはこの私だったのです。この人を殺したという罪の意識にさいなまれここ(2ちゃねんる)へ書き込みました。多くの人達、特に若者達にこの事実を記憶の片隅にでも置いて頂いて、 殺人などの不幸を助長する仕事に手を染める悲劇を未然に防ぐ事だと 気付いたので生硬ではありますがこの文章を書きました。 この文章が官僚の目に留まり国に働きかけてこのような悲惨極まりない仕事を日本から追放してくれることを心から願っています。」(p.p.58-59)

安倍幾多郎 『集団ストーカー認知・撲滅』

これを読んだ集団ストーカー諸君も人殺しを認めて楽になろう。

Monday, January 16, 2017

苦悩に満ちた顔で亡くなる

・・40代のTさんという男性患者さんのことも、忘れられません。がんが全身に転移し、食事も自力では食べられなくなり、いよいよ最期のときが近づいていました。・・体調が急変し、ゆっくりと絞り出すような声で私にこう言ったのです。

「・・今まで好き勝手に生きてきたツケが回ってきたんだ。俺の人生はいったい何だったんだ?・・」

・・Tさんが今までどんな人生を歩んできたのか詳しいことは知りませんが、なにかを悔いていることだけは伝わってきました。その日の深夜、Tさんは目をカッと見開いたまま亡くなりました。その顔は苦悩に満ちたTさんの生涯を物語るような険しいものでした。

中下大樹『悲しむ力』

Sunday, September 11, 2016

<森の集団ストーカーの死>


アジャンタ石窟壁画「水牛本生」

Picture borrowed from: 4travel.jp/travelogue/10054757

 1匹の猿が木からおりて、水牛の背中に乗った。そしてその上で大小便をしたり、角をつかんでぶらさがり、しっぽをつかんで動かしたりして遊んだりした。水牛は、忍耐の心と慈しみの心と憐みの心を具えていたので猿の狼藉を気にかけなかった。
 ・・・ある日、樹神が木の幹に立って、
「水牛王よ、あなたはどうしてこの悪い猿の侮辱をがまんするのですか・・・やめさせなさい。」
 これを聞いて水牛は、
「もしも私があの猿の罪過を耐え忍ばないとすれば、どうして私の願いが成就するでしょう。あの猿は他の水牛をも私と同じように考えて同じように狼藉をするでしょう。それから・・彼らは猿を殺すでしょう。それは他の水牛による猿の死です。そうなれば私にとっては猿から受ける苦しみもなくなるでしょうし、また殺生する必要もなくなるでしょう。」
 数日後に忍耐のある水牛は別の場所に行った。別の水牛が木の根元に立っていた。すると猿は同じ水牛だと考えて狼藉をした。その水牛は、猿を地面に落とし角で心臓をつきさして、足で踏み付けて粉々にしてしまった。
 忍耐、慈しみ、憐みの心を持っている水牛が前世の釈迦であった。(p.p.69-71)

田辺和子『仏教物語ジャータカを読む㊦』



アジャンタ石窟壁画「水牛本生」A.D. 5c頃

Picture borrowed from:ignca.nic.in/jatak007.htm


 これはまさに<森の集団ストーカーの死>。どこの国にも、どこの職場や学校にも、こういう「愚かな猿」は必ずいる。きっと100年前の世界にも、このアジャンタ石窟壁画が描かれた1500年前にも、そして釈尊が説法された2600年前にも、どこの国の、どの人の日常にも、こういう「愚かな猿」が必ずいたことだろう。だからこそ21世紀の現代まで、こうして『ジャータカ』の教えが継承されてきたわけだ。「優れた古典は作品が出来た瞬間からすでに古典である」と言った人がいるが、仏智の深遠さ普遍性の高さに改めて気づかされる。
遠い輪廻の記憶を辿ってみれば、この教訓に強いデジャヴュのような郷愁を感じる集団ストーカー犯罪者の諸君も多いのではないだろうか。なぜなら、どんなに立派な肩書や所有物で外見を取り繕っても、集団ストーカーをやる者は人間の祖先がまだ木の上で生活していた頃から、心の進歩が全くなく、何千萬年も時間が止まっているようなものなのだから。「意馬心猿(monkey mind)」とは実に的確に、その状態を表している。
 このお話を聞いて、その昔、しっぽがはえていた尾骶骨のあたりが、むずむずしてはいないか?

 あなた、集団ストーカーやめますか?
 それとも・・・人間やめますか?


Monday, September 5, 2016

『死ぬときに後悔すること25』

 カール・ベッカー氏は著書で、世界で一番死を恐れているのが現代日本人なのではないかと示唆している。無論、戦前はそのようなことはなかった、けれども今は一番恐れているというのである。そしてその理由として、来世に対する信仰が薄くなったことと不可分ではないだろうと指摘している。

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 余談だが、面白いことに死期が迫って宗教に帰依しようとする人々の中に、医者が少なくないのである。医者は(もちろん個人差はあるが)、なかなかに業が深い仕事である。どの世界でもそうだが、偉くなるような人々は、ぱっと見「政治家」のような清濁併せ飲むというか、むしろ濁流のただ中に泳ぎ続けているような雰囲気の人も少なくない。偉いお医者さんも、極めて人間くさく、人間の持つ様々な業を体にまとっている雰囲気がある。そして一見、宗教心からほど遠いような印象がある。
そのような生臭い(失礼!)方たちが、キリスト教などの洗礼を受けることがよくある。地位がある人や、逆に犯罪を犯した人も、洗礼率が高いようだ。きっと彼らにとっては切実なのだろう。

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 正直、死を前にすれば貴賤や地位の高低等全く関係ない。それまで社会的に大成功をおさめていた立派な社長が泣き叫んだりする。逆に、普通人極まりない(ように見える)人がまったく死に臨んで動じなかったりする。

 案外、得るものが多かった人間は、失うものも多く、だから最期に何かにすがりたくなるのかもしれない。

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 とはいえ、終末期になって焦って宗教を求めても、天国や来世を得ることはできても、心の修業は成るかというと微妙かもしれない。やはり健康なうちから、もっと死生観のみならず宗教についても知り、学び、考えておくのが望ましいのではないか。


大津秀一(医師)『死ぬときに後悔すること25』
(p.p.198 - 204)

Saturday, July 2, 2016

実録 被害者の怨念 その3

「時々、悪い夢でも見るのか、『オカン』がひどくうなされることがあって・・・」

[尼崎連続殺人鬼・角田美代子と]同じ房に収容され、打ち解けた関係になった女性が、そんな打ち明け話をする。

「そりゃ、あれだけ大勢の人間を死なせたんやから、直接手を下さんでも普通の人間なら悪夢にうなされて寝れんわ。」(ベテラン捜査員)

一橋文哉 『モンスター』

Sunday, April 10, 2016

死ぬ瞬間: 元の業の何万倍もの迫力でありありと体験

 ベートーヴェンは耳が聞こえないので、直接には聞こえないから、何か道具を使って、そこから伝わってくる波動で 、「ああ、こういう音だろう」と感じなくてはいけません。・・・でも本当に音楽を聴くと、すごくインパクトが強く聞こえるでしょう。例えば・・・ホールに行って、演奏しているその音楽そのものを直接聴くと、迫力が違うのです。[耳、神経、脳を通して間接的に感受している]普通の人間の状態というのは、耳が聞こえていた頃のベートーヴェンではなく、耳が聞こえなくなったベートーヴェンの状態なのです。でも、誰でも死ぬ瞬間は、身体は壊れてしまい、関係ないのです。それで、意門が直接、見たり、聞いたりする。ですから、死ぬ瞬間の現象というのは、並みの現象ではありません。ものすごく強烈なインパクトで迫ってきます。再現とか追体験などというものではなく、元の業の何万倍もの迫力で、ありありと体験してしまうのです。(p.p.318-319)

【アニメで学ぼう!集団ストーカー犯罪者の死後】
地獄に堕ちた者は、鉄の串を突き刺されるところに至り、鋭い刃のある鉄の槍に近づく。さてまた灼熱した鉄丸のような食物を食わされるが、それは昔つくった業にふさわしい当然なことである。(Sutta-Nipata 667)

 臨終の心に再現されるこの現象が、一番リアルなのです。心で直接体験するのですから。生の体験なのです。
 臨終の本人の周りで看病している人々には、そんな心のことはさっぱりわかりません。もう、体が動かなくて、意識も朦朧としているように見えるのは、身体が意識のとおりに動いてくれないからだけで、本当は、臨終のときの意識は、それこそ死にものぐるいで動き回っているのです。[身体を離れる]引っ越しのときだから、そんなにのんびりするわけにもいきませんしね。ものすごい勢いで荷物を片付けたり・・心がすごく回転するのです。(p.319)

・・・建物のことではなく、荷物のことに心が行くのです。あるいは、新しい住居のことが頭にあって・・心が回転するのです。・・心が身体を捨てようとすると、身体のことはまったく無関心になる。その代わりに、心の中にはkamma業、kamma-nimitta業の相、gati趣、gati-nimitta趣の相という四つの対象のどれかが現れてきます。
 この四種類の対象のどれかが、心に最後に入る。その瞬間で、人が死んで、次の場所に生まれ変わります。
 そこで、問題があります。死ぬ瞬間、心はいつでも、どんな影響でも受けるのです。ですから、死ぬ最後の瞬間に思い出したことが良い行為や良いものであるならば、心が楽しくなる。悪いことを思い出したり悪いものが見えたりしたら、心が汚れて暗くなる。
 まだ死んでいないのです。死んでいないのですが、身体にはもう興味がないので、心だけで何かが思い浮かぶ。(p.314)

・・・心が死ぬ瞬間で、何か過去にやったことが思い浮かんだら、その場面が、鮮明などころではなく、今の瞬間で実際にやっているような感じで、心そのものにありありと映ってしまうのです。そこから心を引き離すことは到底できません。
 このようなことで、人間にとって輪廻転生することは、まったくお手上げ状態で、避けられるものではないのです。解脱していない限り、まるっきりコントロールはできないのです。(p.315)

アルボムッレ・スマナサーラ 『アビダンマ講義シリーズ〈第5巻〉業(カルマ)と輪廻の分析―ブッダの実践心理学』

Tuesday, February 10, 2015

The U.S.Military Contact The Deceased


“We can feel the energy of the deceased. We can have a communication, really exchange information… In 1995, …the U.S. Military was using 20 million US dollars for para-psychological research. They were training special officers to contact with the dead to find out information from dead scientists, and it sounds totally crazy, does not it!? – to the people who know nothing about this. They do get the results and those results are used in our technologies.” (Dr. Kilde)




  “378 - Dr. Rauni Kilde (1 of 13): Life, Swineflu vaccination, microchip, FEAR, Illuminati”

 

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 付録:COINTELPRO犯罪、発祥の地の民の経典『聖書』より

 

 「すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである」

 黙示録21:8

 
   

(生前、非常に欲深かった男が死後アブラハムに懇願する)『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。・・・・わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』

 アブラハムは言った。

『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』

 

ルカ 16・19-31


 

Saturday, November 29, 2014

驕れる集団ストーカーも久しからず

プラサンカラート・シー比丘
~タイのサイコパス権力犯罪者とその大衆マインドコントロールから仏法を護った僧の物語

 その日、トンブリー王宮の謁見の間をうめつくした高僧たちの顔には、不安の色がただよっていた。・・タークシン王は・・なんでも、上座部仏教の理想の境地、アラハンとなるための第一の段階というあのソーター果[預流果]を得たとさかんに口走っておられるとか。

やがて・・まばゆいばかりの宝玉の衣に身をつつんだ国王が出御され・・緊張に顔をこわばらす高僧の列に向かって、威厳にみちた王の声がひびく。「余はソーター果を得たぞよ。出家の衆、なんとする。たとえ三衣をまとっていようとも、余の修行にも劣るおのおの方は、余に向かい、合掌の礼を送るのが当然と思うがどうじゃ」

・・だが出家者が在家者に叩頭することが許されようか。それはブッダの教えにもとる行為ではないか。しかし、ここで王の忌諱にふれるならば、どのような災いがわが身を襲うかもしれない。・・やがて先頭に席を占めていたプラポーティウォング・プララタナムニの重苦しい声が、うめくように静寂を破った。
「・・われらいまだその望みを達せぬソーター果を成就あそばされたとの由、つつしんでお祝い申しあげます。われらいたらぬ者の合掌の礼をお受けくださいますよう」
満座の僧は、玉座に向かいひれ伏して恭敬の意を表わした。その時である。プラサンカラート・シーの澄みきった声が、上機嫌のタークシン王の耳をつきさすようにひびいた。
「なりませぬ。おのおの方は、出家の心得をお忘れになったのか」
国王の怒りは天を衝いた。プラサンカラート・シーと、これに従った二人の高僧は、ただちに役人に捕らえられた。反逆の僧は黄衣を破られて、背中に百度の鞭を加えられたが、ついに節を曲げなかったという。国王の怒りはなおも高まり、プラサンカラート・シーらにつらなる平僧五〇〇人を捕らえて同じく鞭刑に処した。「慟哭の声は、全都にみちた」と、『王朝年代記』の筆者は書き残している。・・

しかし、この事件ののち、一年もたたぬ翌年の八月には、トンブリーに内乱が発生し、その結果、タークシン王は王位も追われ、ついに部下の手にかかって殺されてしまった。


・・新王はただちに人を派してプラサンカラート・シーの軟禁を解き、ふたたび従前の地位に復帰させた。そして、プラポーティウォングら、タークシンに諂って地位を得た高僧たちに対しては、仏道を乱した不届きの罪をもって還俗を命じたのであった。



石井 米雄『タイ仏教入門』 「プラサンカラート・シーの気骨」

Wednesday, November 26, 2014

ウソを吐き 地獄を否定する者 地獄へ

2千5百年前の集団(CONTELPRO)ストーカーの死 part 3


  釈尊の爆発的な人気は、他宗教の人々にとって、目の上のたんこぶのようなものでした。ですから、仏教に対する攻撃も絶えませんでした。

 ある他宗教の熱心な信者に、チンチャ―という若い女性がいました。・・その宗教のお偉い方々は、・・仏陀の人気を落とすための戦略を練ったのです。

 美しいチンチャ―が、おなかをふくらませ、妊娠しているように装って、釈尊が民衆に説法しているところに来ました。そして説法の最中に立ち上がって、大声で、叫んだのです。「皆に正しい生き方をしなさいと説法しているだけですむと思わないで、ご自分も責任を持って生きてみてはいかがですか。私とさんざん遊んだ挙句、私は今、妊娠しているのです。おなかにいるあなたの子供を、私ひとりでどう養えばいいのですか・・」。このように言いたい放題のことを言って、大衆の前で暴れまわったのです。ヒステリーになって泣き叫ぶ女の高い声で、説法は中断となってしまいました。・・お釈迦さまは、彼女を暴れたい放題暴れさせ、何も言わず沈黙していました。チンチャーが、これをいいことにさらに暴れると、彼女のおなかに入れてあったものが落ちてしまったのです。

・・・このショックで、チンチャ―は死んでしまい、地獄におちたのです。


http://www.j-theravada.net/howa/howa91.html

 (守るべき)唯一の法を離れて、偽りを語り、
あの世(の幸福)を無視する人には、犯すことのできない罪は何もない。
(Dhammapada.176)

集団ストーカーの原点とその死

2千5百年前の集団(CONTELPRO)ストーカーの死 part2

お釈迦様が一方的に名声を受けると、当然、いままで社会で尊敬されていた人々の立場が悪くなってしまいます。ブッダに対して異論を立てる、論争をふっかける能力も勇気もないし、仏教を理解して仏教徒になるほどの知識能力もなかった・・他宗教の人々がお釈迦様の名声を貶めるために陰謀を企てたエピソードがあります。

他宗教の行者たちは・・スンダリーという名の女行者に・・「君は仏教徒たちが説法を聴いて家に戻る時間をみはからって、祇園精舎に入りなさい。『こんな時間にどこにいくのか』と止められたら、『私がお釈迦様に会うのはこれからです』と答えることです。それから、朝、仏教徒たちが祇園精舎に行く時は、君はどこかに隠れていて、祇園精舎から出てきたような感じで戻りなさい。人々に訊かれたら、『釈尊と一緒にいて、いま帰るところだ』と答えなさい・・」と計画の指示を出したのです。

彼女は言われたとおりに・・朝、行場から祇園精舎の境内に入って、出て行ったのです。一週間経ったところで、あの男たちは酒や賭け事で生計を立てている人々にお金を払って、スンダリーを殺して遺体を祇園精舎の境内に隠[させ]ました。それからその男たちは、「スンダリーを見なかったか」と祇園精舎に行く人々一人ひとりに訊いて、スンダリーがいなくなったことを国中に広めるように仕向けたのです。彼らが・・祇園精舎の境内を調べると、見事に遺体が見つかりました。彼らは竹でできた担架に遺体を載せると、「出家弟子たちがブッダの淫らな行為を隠すためにやったのではないか」と、批判を叫び始めました。比丘たちは人々から激しい非難を受け、托鉢にも出られなかったのです。

・・・非難されても反論しないで沈黙を守ることは、出家比丘たちの性格です。お釈迦様がそれを変えて・・次のような反論の言葉を教えてあげたのです。
「嘘つきは地獄に堕ちます。何かを犯して『私はやっていない』と言う人も同じです。人が卑しい行為をするならば、死後、卑しい結果を招きます。」

・・・他人を非難していないのです。自分であろうと他人であろうと、嘘つきは地獄に堕ちる、という意味です。

・・・王様が諜報員に町を調べるように命じたところ、スンダリーを殺した下手人たちが、手に入った大金で酔っ払って自慢しているのを聴いたのです。「こんなに大金をくれたのに、依頼人には大した結果はなかったようだな」と。王様は陰謀の犯人を捕まえて、審判を下しました。


http://www.j-theravada.net/howa/howa182.html

Dhammapada306.

 偽り語るその人と
為して為さずと言う人は
共に地獄に堕ちゆきて
来世劣業(れつごう)の者となる