Saturday, February 25, 2012

都合のいい嘘を本当だと思う集団ストーカー



旅法師「しかし、死んだ人間まで嘘を言うとは考えられない」
下人「なぜだい?坊さん」
旅法師「人間がそんなに罪深いものだと考えたくない」
下人「それはお前さんの勝手だが
いったい正しい人間なんているのかい。みんな自分でそう思っているだけじゃねえのか。」
旅法師「恐ろしいことを」
下人「人間というヤツは自分に都合の悪いことは忘れちまう。都合のいい嘘を本当だと思ってやがるんだよ。その方が楽だからな」
旅法師「そんなバカな」

(黒澤明『羅生門』)

[英語字幕]
Commoner: But is there anyone who's really good? Maybe goodness is just make-believe.

Priest: What a frightening...

Commoner: Man just wants to forget the bad stuff, and believe in the made-up good stuff. It's easier that way.

Priest: Ridiculous.
(Kurosawa, Rashomon)


やはり、死後の地獄を信じたがらない者らは、地獄があったら困るようなことしているからなのだろうか?

集団ストーカー天国と呼ばれる米国における調査でも、死後の世界を信じるものは国民の過半数いるものの、地獄の存在を信じるものの数は、それより明らかに少ないという統計が出ている。「都合のいい噓」を信じたがるのは、どの人種でも同じということだろうか。

Reference:
アメリカ人で信仰を持っている人 93% 持っていない人 7%
日本人で信仰を持っている人 33% 持っていない人 65%

NHK放送世論調査所編『日本の宗教意識』(日本放送出版協会1984年)

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Dhammapada 167
唯一の教えに違い、妄語をいい(偽りを語り)
来世の存在を 信じない者には 悪として なされない悪はない。
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NHK 放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会 1984 年)によれば、
日本人で信仰をもっている人 33%、信仰をもっていない人 65%に対し、アメリカ人ではそ
れぞれ 93%、7%となっている。
NHK 放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会 1984 年)によれば、
日本人で信仰をもっている人 33%、信仰をもっていない人 65%に対し、アメリカ人ではそ
れぞれ 93%、7%となっている。

Saturday, February 11, 2012

「中有という存在」 いま死んだ どこへも行かぬ ここに居る


噓をつく必要のない釈尊は、生まれてくるまでと死んでから先に、「中有(ちゅうう)」という存在で生きつづけるのだと仰せられるのです。・・・人が死ぬと、肉体は滅びても、「霊(たましい)」は生きつづけるというようなことはありません・・ところが死にっ放しにならないで、中有の霊肉に生まれ変わるのです。中有の霊肉は、この世の人間界のそれよりもはるかに微妙で、例えば壁などの障壁物を自由に突き抜けることができます。われわれは中有の存在を見ることができませんが、中有の人は、縁がある人を見ることができるのだそうで。「幽明境を異にす」などというのは、この間の消息をいうのでしょう。 (p.134)

岡田利次郎坐禅のすすめ


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204 :鬼和尚 GBl7rog7bM2010/11/08() 19:56:51 ID:hMlmt1ok0
>>192 昔、テレビを見とったらガッツ石松と言うのが出ておった。
 神経が太い男で真夏の夜に暑くなると墓場で涼むそうじゃ。
 すると目の前に人の形をした影がいくつも通るのが見えるそうじゃ。
 しかし、神経が太いからそれだけじゃ。
 
 本当は大抵のものが良く注意してみれば見えるものじゃ。
 しかし、石松のように墓場で過ごしたりせず、死を恐れ、死に関わるものを見ないようにしているから、何か在っても見えない事にしているのじゃ。
 生死を分別し、生きた者と死んだ者は別だと頭で考える故に、死の話もおかしいと感じるだけなのじゃ。
 死によって何かが変わるわけではない。
 誰も消えず、どこかに行くことも無く、親しかった者に会いたければ夢の中で会えるじゃろう

   (伝説の鬼和尚スレより)

379 - Dr. Rauni Kilde (3 of 13): WHO AIDS, Swineflu.., 

 
「いま死んだ、どこへもいかぬここに居る、たずねはするな、ものはいはぬぞ」
    (一休和尚

Saturday, February 4, 2012

単純に殺されるより深い自殺の苦しみ


プンナ:スナーパランタという地方に定住して伝道しようと思います。

ブッダ:スナーパランタの人は凶悪である。しかも粗暴である。人々がお前を罵り嘲ったならば、お前はどのように対処するか。

プンナ:そのときはこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら私を掌をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、掌をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら土塊をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、杖をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら刀剣をもって打つことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、刀剣をもって打ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら命を奪うことがないから」と。

ブッダ:されどプンナよ、命を奪ったらどうするか。

プンナ:私はこのように思いましょう。「スナーパランタの人は皆んな、よき人々である。なぜなら世尊の弟子の中には苦悩のために刃物をとって死を求めるものもおります。私は自分で刃物をとらないで死ぬことができる」と思いましょう。

ブッダ:お前は自制力と安穏な心を持っている。(p.123)

     『ブッダの人と思想』中村元・田辺祥


「対テロ」だの「防犯」だのと寝ぼけた妄想で自己を正当化しながら、集団で連日24時間、非公開の最新器機をも悪用して何の罪もない他人の頭の中までノゾキ見し、十年でも二十年でも嫌がらせやストーキングを繰り返し、心身を壊させ、自殺にまで追い込む集団ストーカー行為が「紛れも無い人殺し」である理由は、既に様々な角度から説明した。これが人間としてやってはいけないことであるという当り前の常識はほとんどの人間が理解できるだろう。ただし骨の髄までマインドコントロールされ、もはや因果応報の報いで地獄を見るまで変態犯罪がやめられない体になってしまった、例えば集団ストーカー天国アメリカの愚かな大衆や、この者らに集団犯罪をやらせる洗脳を行なっている良心をもたないサイコパス・権力犯罪者を除けば、だが。

ただもう一点、忘れてならないことは、集団ストーカー犯罪によって人を自殺に追い込んだことは紛れも無い人殺しであるばかりか、これまで人類が犯してきたどの人殺しよりも卑劣で、被害者に与える苦痛はどの人殺しよりも大きく、罪は最も重いということだ。

人は、そう簡単に自殺などしない。「自殺する者は心が弱いだけだ」などと知ったかぶりを言うのがいるが、それはただ単に自分が、都合の悪いことからすぐ逃げる臆病な人間なため深刻な集団ストーカー被害に遭ったこともなく「まだ」本当の苦しみを知らないからにすぎない。あるいは己の卑怯さ、臆病さを犠牲者に投影しているため、そう見えるだけだろう。
自殺せねばならぬほどの苦しみとは、単純に殺されるよりもむごいという事をこのお経で、今一度嚙締めていただきたい。

そして道徳レベルの比較的に高い日本で生まれ育ったものには信じがたいことだろうが、世界には好んで悪を行い、人の苦しみを見て喜ぶ、人間の皮を被ったカネや権力の亡者が大勢いる事実も受け入れねばなるまい。これらの者たちは人が苦しめば苦しむほど嬉しく、ただ単に殺したのでは飽き足らないから毎日、集団ストーキングやハイテク凶器による遠隔からの拷問を楽しんでいる。ただでさえ卑劣なのに、己の犯罪を持続可能なものとするため、物的証拠をとられにくいよう周到に細工し、第三者には、すべて偶然であるかのように見せかけ、告発されても「そんなことやってない。被害妄想だ」と噓を吐いて逃げる卑劣さをも併せ持っているから露見しにくいのだ。故・河合隼雄氏との対談本で中澤新一氏をして「アングロサクソンは完全犯罪をやらせたら天才的ですよね(笑)」と言わしめた所以もここにある。

ところが、まるでバランスを取るかのように、この凶悪卑劣な集団ストーカー犯罪者の危害に決して屈せず、告発を続ける比類なき勇者が生まれるのもまた、この文化からなのが面白い。それを端的に物語っている次の動画をご覧いただこう。


                     関連動画:Youtube: "The Hidden Evil"
  
In memory of the tortured people who have been murdered or driven to suicide by vigilante groups.
             
                       (動画 Movie from 600
ギャングストーカーというリンチ集団に拷問され、殺害または強要自殺させられた人々を追悼す

●次々に映し出される罪無き犠牲者の生前の顔写真をどうか一度ご覧いただきたい

   Please look at a series of innocent victims' pictures when they were alive. 


  「役人やメディアはなぜこの狂気に同調しているのか・・・・・
   なぜなら仕事がもらえてメシを喰わせてもらっている
   このシステムを守りたいからだ」
             Decamp上院議員
  (同Youtube動画"The Hidden Evil" 1:52より)
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関連ウェッブサイト Related web page from Belmont University
Suicide Prevention
Spotting the Signs and Helping a Suicidal Person
A suicidal person may not ask for help, but that doesn't mean that help isn't wanted. Most people who commit suicide don't want to die—they just want to stop hurting. Suicide prevention starts with recognizing the warning signs and taking them seriously.
[自殺する人のほとんどは死にたいのではありません苦痛を止めたいだけなのです]
自殺企図者の快復を支えるベルモント大学のウェッブページより

Tuesday, January 24, 2012

非業の死 自業自得の死

因果応報で悲惨な死がその人の悪業の報いというなら、この世で最も悲惨な死をとげた広島、長崎の原爆犠牲者たちはどうなるのでしょう。その中には生まれて間もない赤ん坊だっていたのです。
あの戦争で死んでいった人々のすべてが、そういう死をとげる悪業を果たしていたというのでしょうか。
あの戦争で生き残ったわれわれが、それにふさわしい善業を積んだといえるでしょうか。
わたしは仏教に帰依した者ですが、因果応報という意味を、このような形では納得できません。(p.168)
          瀬戸内寂聴『生きることば あなたへ』
  仏教では、しばしば生命が蝋燭に譬えられる。すなわち輪廻転生とは一本の蝋燭が燃え尽きるとき、その炎が他の蝋燭に燃え移るようなものというわけだ。興味深いことに生物学においても、生き物を生き物たらしめている個々の細胞の活動というものは、詰まるところATPによる「燃焼」現象であるといえるそうだ。
  これを寿命についても喩えると、人がもって生まれる寿命の蝋燭(業)は、その長さが初めから決まっているようなものといえる。よって、蝋燭がまだ残っているのに火を消される現象が「非業の死」と説明されよう。
           高橋 信次 "退行催眠(1/7)"

イアン・スティーブンソン博士に代表される輪廻転生に関する科学的調査においても、過去世のものと思われる記憶を克明に想起できる人の場合、その前世において殺人や交通事故といった不慮の死、すなわち仏教でいう非業の死を迎えたケースが顕著に多いことがわかっている。これを寿命の蝋燭の喩えでいえば、まだ蝋が残っているのに途中で灯をかき消され、燃えきれなかった分を、次の蝋燭に継ぎ足して再び火を灯したようなものと言えそうだ。まだ前回の人間としての「蝋燭」本体が一部残っているから、前回の人格の記憶も鮮明というわけだ。また同調査によれば前世が非業の死だったケースでは、再び人間に生まれ変わるのも早く、早い者で数年以内であるという。この報告も前世からの「人間の素」が一部残っていると考えれば納得がいく。なおこれは、地獄に墜ちた亡者が無限より長い期間のたうちまわり、それ以上の生命体に生まれ変わることは当分ないといわれるのと好対照をなしている。


  さて寿命についてここまで見てきた例を大別すると、
1.天寿全う死(寿命を使い切った死。但し死後どんな境遇になるかは別問題)


2.非業の死(集団ストーカー危害による自殺、病死、事故死、災害死を含む死)
そしてこの二つに加え、もうひとつ、
3.自業自得死(罪を償わない集団ストーカー犯罪者が寿命の前に早死にする等)
という死もあるようだ。既に当ブログで紹介したとおり、『仏説無量寿経』にも、以下のような真理が述べられている。

ついにその罪が行き つくところまで行くと、定まった寿命が尽きないうちに、とつぜん 命を奪われて苦しみの世界に落ち、繰り返しその世界に生れ変り死に変りして、何千億劫もの長い間、浮び出ることができな真宗訳

この3番目の自業自得死は、蝋燭に譬えるとどう説明できるのかブログ『鬼和尚の仏教勉強会』の鬼和尚さんに聞いてみた。
926 鬼和尚 GBl7rog7bM2012/09/13() 20:33
そのような者は蝋燭の頭と尻の両側に火をつけた者と喩えられよう。
 悪事を成す者は他人を苦しめる報いで自らを傷つけて、寿命を減らしていくものじゃ。
 そのような者は自らの報いに任せて放っておいて、修行に専念したら良いのじゃ。
悟りを開いた人のスレ の避難所 21)
        参考資料:まんが日本昔話し「寿命のロウソク」
 
 つまり、悪人は己の快楽や欲望のために他人の灯まで奪うほど欲深いため、己の寿命の蝋燭が燃えるのが、まともな人間よりずっと激しくなり、燃え尽きるのも早く、早死にするというわけだ。
  またサイコパス研究において引用されることが非常に多い、スタウト著『良心をもたない人たち』によれば、集団ストーカー(ガスライティング)を行なう卑劣な犯罪者(とそれに迎合する心の弱いタイプ)は凄惨な早死にをするものが大変多いというデータが報告されている。
  プライバシーの窃盗やストーキングなど変態行為を繰り返し、人を苦しめ、世間を欺き、内心ではその報い(因果応報)に脅えながらも、その恐怖を誤魔化し虚勢を張るために、さらに人を苦しめる。この悪循環から抜け出せぬまま死を待つしかないのが、集団ストーカーの死。

 また集団ストーカー犯罪者は、プライバシーの窃盗や凶悪な嫌がらせをやっておきながら、偶然を装い「(わざと)そんなことやる者はいない。被害妄想だ。」と卑怯・卑劣な噓を吐いて世間を騙し、被害者を2重に傷つける。このとき、彼らの脳では真実を語っているときよりも多くの場所でニューロンが発火しているのだ。なぜなら人は噓をつくとき真実の出来事すなわち事実を思い出す作業に加え、同時にその事実に虚飾を加えるための余計な神経も使うからだ。つまり悪行為を為したエネルギーに加え、さらにウソを吐いて誤魔化すためのエネルギーまで浪費している。「寿命の蝋燭」を無駄に消費しているというわけだ。また悪行為と欺瞞の両方を行なうための神経回路はともに、悪を行いウソを吐くたび強化される。これをNeuroplasticity(神経可塑性)という。そして益々悪行為と欺瞞を行いやすい悪人になる。
「ウソ吐けば 悪の回路 強化され 発火は倍増 カルマも倍増」 
    (資料動画:Better Lie Detectors: ScienCentral News Video)

   (資料動画:The Phenomenon of Neuroplasticity) 

Sutta Nipata
661 嘘を言う人は地獄に堕ちる。
また実際にしておきながら「わたしはしませんでした」と言う人もまた同じ。
両者ともに行為の卑劣な人々であり、死後にはあの世で同じような運命を受け地獄に堕ちる。

上記スッタニパータ第661段についてスマナサーラ長老の法話
 悪­行為をしながら私はしてませんと言う者」は明らかに嘘をついてい­るのです。ですから、「嘘をつく者」と同じではないかと­考えませ­んか?しかし、釈尊は区別して述べています。なぜでしょうか?二­行目の場合は罪は重いのです。一度悪行為をして罪を­作りながら、嘘をついてまた罪を作っています。つまりこの場合は二度罪を作っ­ていることになるのです。
 しかし、人を騙し、八つ当たりしても、不満の原因が根本的に解決されるわけはなく、いずれ手痛いしっぺ返しを受ける。これは生理学的にいっても当然、善良な人よりストレスが多い人生だ。このストレスの多さに比例して分泌されるコルチゾール(ストレスホルモン)が、免疫力を低下させ死を早めることも、よく知られている。


                                                       Reference

Sutta Nipata
587 見よ。他の(生きている)人々はまた自分のつくった業にしたがって死んで行く。かれら生あるものどもは死に捕らえられて、この世で慄えおののいている。 


588 ひとびとがいろいろと考えてみても、結果は意図とは異なったものとなる。壊れて消え去るのは、このとうりである。世の成りゆくさまを見よ。

589 たとい人が百年生きようとも、あるいはそれ以上生きようとも、終には親族の人々すら離れて、この世の生命を捨てるに至る。 


日本テーラワーダ仏教協会「日常読誦経典」訳の一行目、「摂理によって死んでいく」この摂理を次の四つに分類して教えています。

1.寿命死:ロウソクの芯が無くなり、火が消えていくように、寿命が尽きて死ぬ。老衰による死を意味します。
2.業死:ロウソクの蝋が無くなり、火が消えていくように、その生命をもたらした業が尽きて死ぬ。事故に遭わずに急に若死にする。
3.寿命業死:ロウソクと蝋の両方が無くなり、火が消えていくように、寿命も業も尽きて死ぬ。
4.中断死:ロウソクの芯と蝋の両方がまだあるのに、強い風が急に吹くなどによって火が消されるように、寿命や業がまだあるのに過去世の業が機会を得ることによって故意に殺されたり、自殺したり、事故死したりする。

上の説明で寿命も広い意味では業によるものなので、死は業に従うと言ってよいのです。それは、どの様な意味かといえば、生き物を傷つけたり、殺したりすれば、来世は早死する、逆に生き物を慈しみ、命を助けたりすれば、長生きすると言われています。しかし、業というものは複雑なものなので、単純に早死した人を前世で生き物を殺したのだなどと判断しては行けません。

Thursday, January 19, 2012

自分だけは騙されないと思っている犯罪者





【アニメで学ぼう!集団ストーカー犯罪者の心理 2】

「飯降山」

悪徳尼僧と集団ストーカー犯罪者の心理の共通点:

1.快を求め際限なく膨らむ己の欲望を、人殺しまでやって満たそうとする。

2.悪行をしておきながら卑劣な噓を吐いてでも認めない。非難する者あれば殺してでも黙らせる。

3.2番目に年長の尼は、自分だけは絶対に騙されないと思っているが、結局信用していた最年長尼に自分も騙され殺される。COINTELPRO(集団)ストーカー犯罪者らも、首謀者および末端実行犯ともに平気で人を裏切る人種であるのに、自分だけは騙されたり、殺されたりしないと勘違いしている。しかし、当り前のことだが、平気で噓を吐き騙す者は結局、己も騙されるのに、気付いていない。

4.悪行の報いはすぐには現れず、時と場所を経て忘れた頃に痛い目に遭い地獄を見る。つまり因果応報を信じない愚か者が多いのは行為(因)による報い(果)が訪れる時間差が大きい故にすぎないという真理を知ることができない。

5.仮に因果応報の理を受け入れても、COINTELPRO(集団ストーカー)犯罪を続ける己に都合の悪い真理、例えば「偽りを言うものは地獄に堕ちる」ことなどは、真理だと見ない。実際、釈尊もジーザスもはっきりと「噓つきは地獄に堕ちる」と言っているのに、噓を吐く事でしか成り立たないCOINTELPRO犯罪をやり続ける己が「死んだ後どうなるか神や仏にしかわからない」などと誤魔化したりする。

ひどいのになると、この物語の最年長尼のように手前勝手な解釈で、「報いがすぐにこないのは神・仏が赦した証拠」といった妄想を抱く。そして地獄を見るまで悪行を繰り返す。冷静に考えれば「悪行の報いが、なかなか来ない」のは、もはや更正の余地なき“愚か者(バカタレ)と神や仏にも見捨てられたからだと見るのが妥当だろう。このようなバカタレをテーラワーダ佛教では「仏に殺される者たち」といい、大乗では「縁無き衆生」と昔から呼び習わしている。

現代でも悪を為し、やってないと噓を吐き続ける者らが死後、末永く堕ちる悪道などとは全く別の善い世界に赴く、心の正常な人間から、もはや、どうでもいい存在と諦められているのがCOINTELPRO(集団ストーカー)犯罪者だ。彼らをみるにつけ、釈尊が成道後、梵天に強く勧請さるまでは、悟りの教えを説く気がしなかったのも、むべなるかな。
Sutta-Nipata
 He who serves a low (teacher), a fool who has not understood the meaning, and who is envious, goes to death, not having overcome doubt, and not having understood the Dhamma. (317)

「快求め 地獄を見るまで 因果が分からず 仏縁活かさず 仏に殺さる」

'He who speaks falsely goes to hell, or he who having done something says, "I have not done it;" both these after death become equal, in another world (they are both) men guilty of a mean deed. (661)

DHAMMAPADA
119まだ悪の報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遭うことがある。しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遭う。


318 、 避けねばならないことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ(必ず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。












Saturday, December 24, 2011

『死後はどうなるの?』どうぞ良い死後を!


 人が嘘をついたとしたら、三つのアパーヤ[=地獄]のどこに行くのでしょうか。それは嘘の強弱によります。回数が少なければ、そんなに大罪になりません。それよりひどいのは、罪を正当化することです。
 これはものすごく危険です。悪いことをしても、「それはしょうがないよ。やらないといけない状況だったんだから」といって正当化してはいけないのです。罪を正当化すれば、罪が重くなります。小さな罪が大罪にまで膨らむのです。・・・
 
 罪の正当化と並んで、罪の意識がないことも危ないのです。・・不正を続けていると罪の意識がなくなるでしょう。五,六年続けると、あたりまえのことになってしまいます。・・だからといって罪がないとはいえないのです。・・知恵の開発に欠かせない脳の機能を破壊しているのですから。(p.190)
   Aスマナサーラ『死後はどうなるの?』

 要約すると、もし悪いことしたまま死んだら、

①罪や、ついた嘘などの強弱

②その回数

③それを正当化するか

④罪の意識があるか、ないか

・・などの条件によって次に生まれるところが自動的に決まる。


 またほとんどの者がそうだろうが、すでに罪を犯している者が

良い所に生まれ変わりたいなら、

①罪をくり返さない

②懺悔する

③犯した罪よりたくさんの良いことをする

・・ことで罪が弱くなる

     
  さて以前、読んだ司法試験合格のための本に「試験に受からなかったら死刑になると思って勉強せよ」という言葉があった。司法試験はそれくらい自分を厳しく律せねば受からぬ難関であるのはいうまでもないが、しかし実は哲人パスカルが言ったとおり「人は皆、死刑を宣告されている」のであり必ず死ぬものだ。ただ本当にそのような場に遭遇するまでは実感がないため、死に関して、己に都合の悪い事実はすべて無視し、いい加減な見解しか持ちあわせていないのが平凡な人間の常である。「死んだら意識も何もないから心配しなくてオッケーだ」とか、死後の意識というものがあっても「神や仏が生前の悪行を全部チャラにしてくれるからダイジョーブだあ」、等などである。

 それでも世の中には、死という関門の厳しさに前もって気付き、最悪の場合も考慮して心の備えをする者も少なからずいる。すなわち上記スマナサーラ長老著『死後はどうなるの?』で説かれる如く、地獄があったら困るような生き方は避ける、道徳的な人間である。

 さて冒頭の司法試験の喩えで言えば、「試験なんてものは本当は存在しないんだよ、空(くう)だ」とか、「神や仏に祈ってりゃ努力なんてしなくても司法試験だって皆、合格できるさ」、と教える者の言うことを聞くのだろうか?それとも昔から難しいといわれている関門なのだから「最善の努力しなければ善い結果は得られませんよ」と説く者の言うことを聞くのだろうか?

このブログの読者諸兄はどのタイプだろうか?


善い領域(=天)におもむく人々は少ない。
悪い領域(=地獄など)におもむく人々は多い。
このことわりをあるがままに知ったならば、
安らぎ(ニルヴァーナ) に専念するものとなるであろう。
 『感興のことば=ウダーナヴァルガ』26.8

ジェットコースターみたいな死後

     徳の高い女がいたが、ある不良男がそれを妬み、彼女の徳を剥ぎ取ってやろうと近づく。その不良と淫行をした女は「そのようなことはまったく知りません」と夫に噓をついた。その結果、死んだ後、前世で積んだ善業のおかげで彼女は昼は天上の楽を味わい、しかし夜は悪業に牽かれて犬に骨だけにされるまで朝まで食いちぎられ、池に投げ込まれを繰り返す。
      生前に積んだ業が全部で百として、善悪がそれぞれ五十点ずつの場合、プラスマイナスゼロの平凡な生活というふうに差し引いてはもらえない。善業による果報は楽果として悪業は苦果としてしっかり味あわなくてはならない。(p.186)

藤本晃『死者たちの物語 -餓鬼事経の和訳と解説-』


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SuttaNipata
666 けだし何者の業も滅びることはない。それは必ず戻ってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。愚者は罪を犯して来世にあっては、その身に苦しみを受ける。
 'For one's deeds are not lost, they will surely come (back to you), (their) master will meet with them, the fool who commits sin will feel the pain in himself in the other world. (666)
六六六        任何諸業無滅者        業主必來承受得
                 自造罪惡愚鈍者        此世他世自受苦