Sunday, December 26, 2010

バカでもできることは止め『死後の真実』E・キューブラー・ロス


(臨終時)自分の死にかけている場所 ---病室なり、
事故の現場なり、自分の体から去った場所
---で何が起こっているかをすべて知覚できるようになります。
・・・血圧も脈も呼吸もとだえていたとしても、
また脳波も測定できなくなったとしても、
・・感じることができるのです。・・・そして、
(蘇生した)後になってどんなささいなことでも伝えることができます。
  例えば、自分が事故車の中から引き出されるのに
三本の発煙筒が使われたといった
非常に細かなことまで分かるのです。
また、実際に起こったことですが、
自分をひいた車のナンバーと、
逃げた運転手の顔までしっかりと
思い出すことができた人もいます。
 
 『死後の真実』E・キューブラー・ロス(p.p.17-18)

   E・キューブラー・ロス博士といえば
今やターミナルケアのバイブル的存在であり、
医学系の大学の講義などにも必読書として多々引用され
若い世代の医師や看護師さんにとって
あまりにも有名な存在だが、95年にはこんな著書の
邦訳が出されていたのはご存知だっただろうか?

   人が脳内で想起する事柄をモニタリングする装置が
すでに実用化され人の思考解読などは機械があれば
バカでもストーカー犯罪者でもできるようになった今日では、
死に行く人が脳内で見ているビジョンの
客観的なデータとりも進んでいることだろう。

組織的ストーカー犯罪者諸君、バカでも犯罪者でもできることは

もういい加減にやめて、人が死んだらそれぞれどこへ行くのか

死んでもつきまとってみないか?

   
 ところで、ではなんで被害者(の霊)は
集団ストーカー犯罪者が逮捕されるよう働きかけないのか
という疑問も聞こえてきそうだが、その考察は

「手ぬるい報いは許されぬ」

へ続く。 

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Kubler Ross : Five stages of death
http://www.youtube.com/watch?v=Usm9SpnHYJQ

死者には見える本心



(E・キューブラー・ロス博士へのインタヴューより)

スイスの(臨死)体験者なんですが、この人は・・

車が次々に何台も衝突する事故に巻き込まれて、

重症を負いました。三人の医師が彼を診て、

この男は死んだと言い毛布をかけて立ち去りました。

しかし彼は死んだのではなく臨死体験をしていて

・・・体外離脱して事故現場の周辺を見ると、

事故のため上下線ともストップして大渋滞が起きており、

何千台という車がつながっていました。

彼にはその車に乗っている人たち一人一人の

考えていることがわかりました。ほとんど全部の人が、

渋滞にいらだち、怒り、腹を立てていました。

しかし、そのうち一人だけ、事故で怪我した人のために

一所懸命お祈りをしている女の人がいました。

どうか一人でも多くの人が助かりますようにと

一心不乱に祈ってました。

彼はそれに感激して、その女の人が

乗っている車のナンバーを覚えました。
結局、彼は・・病院にかつぎこまれて助かるのですが、

九ヵ月後に病院を退院してから

その女の人を車のナンバーを頼りに探し当て、会いにいくのです。

そして、あのときあなたはこう祈っていたというと、

その通りだったんです。
これはスイスではとても有名な話で、本にもなっています。

こういう例はどうしたって、(臨死体験を)幻覚説では

説明できないのです。

『臨死体験・上』 立花隆 p.p. 487 - 488


集団ストーカー犯罪者の皆様には

今のような変態犯罪のレベルで満足することなく是非、

先に死に行く仲間の犯罪者が死後どんな地獄へ赴くのか、

脳波が消えてからも観察を続けるよう頑張っていただきたい。

皆様自身が地獄へ堕ちてしまってからでは

そんな余裕もないだろうから、善は急げ。


「今死んだ どこへも行かぬ ここにおる

尋ねはするな ものは言わぬぞ」(一休和尚)

「あなたがね これを静かに読んでるの

   死者も見てます 心の奥まで」
参考映像:
                                   youtube.com  watch?v=6og_eU11Fp4&feature=relmfu
                                         丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる 3/7

死の直後、地獄界へ


    §死に行くときの心理状態§
・・・肉体を構成していた要素が少しずつ溶解していきます。
様々な幻想が一挙に襲ってきます。・・・熱の要素が消え
体が冷たくなります。
(『ダライラマ 死を見つめる心』春秋社)

  革マルとはプライバシー窃盗犯罪を得意とし
「盗聴のカクマル」の異名を持つ変質犯罪集団だが、
その革マルの、とあるアジトに警察が踏み込むと
捜査員が驚愕したことには、
そこには警察の暗号を破り通信を盗聴する装置や、
要人宅、重要施設ほかの7千本にのぼる合い鍵が
見つかり、押収されたという。 

 革マル幹部のなかには脱税などによる資金で
海外に豪華な別荘を持つ者もいるが、
内輪のいざこざから内ゲバがおき
その一人が仲間の犯罪者に撲殺された事件が
2006年7月「週間現代」で取り上げられた。
  自宅に押しかけた犯行者に頭を鉄パイプで強打され
布団に血を流しながら倒れ、
ほとんど即死だったが、夏の全く寒くもない自宅室内で、
わずかに「○○・・・・寒い・・・・」と二言だけ、
“科学的には意味不明”ともいえる言葉を
残して息絶えた、と報道されている。

 オックスフォード大卒の人類学者ヴェンツが
1927年オックスフォード出版から翻訳を
出した『チベット:死者の書』でも、償いきれぬほど

悪業を残したまま死んだ場合などは、死後、
仏教でいう中有を彷徨う間もなく、

まっ直ぐ地獄界へ導かれるという。この者らは抗う

すべもなく、熱と寒さによる耐えがたい苦しみにつきまとわれ
逃げることができなくなると述べている。

まんが日本昔ばなし 「鬼のつめ」

Saturday, December 25, 2010

臨終時の地獄映像流出!?

(参考:集団ストーカーの奴隷の臨終映像)


 ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)
のエレナー・マグワイヤ氏らは、
「機能的磁気共鳴画像装置」(fMRI)を用いて、
ひとつひとつの記憶と関連した
脳活動を特定することができ、さらに、
それをもとに思考のパターンを
特定できることをつきとめた。・・・・
研究は、被験者10人に対し、3本の短編映画を
見せたあとで脳をスキャンした。
3本の 映画はよく似たごくふつうの生活の場面を
撮影したもので、別の女優が出演していた。

映画を見た後、被験者はそれぞれの映画を
思い出すよう促され、その際に脳のスキャンが行われた。
研究者らは、スキャン結果にコンピューターで
画像化処理を行い、それぞれの映画の記憶に対応する
脳活動のパターンを識別した。

その結果、脳の画像パターンから被験者が
3本の映画のうちのどの映画を想起しているか、
正確に特定できたという。

AFP通信(14日12:33)
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2709178/5492167
 
  実は、もう集団ストーカー犯罪者の
臨終時の脳内映像は掌握されているが
パシリくんたちは根が臆病なので見せると
ビビッて大好きなガスライティング犯罪を
やらなくなるから「そんな映像あるわけない」と
騙されているだけかもしれない。

ちょうど世界の大多数が未だに騙されていて
ただ自分らが無知なだけなのに
「思考盗聴なんてあるわけないだろ」
と被害者の訴えを鼻で嗤ってるのと同じように。

 平気で悪質な嘘つく人間はいずれ平気で仲間や手下を
裏切るものだからストーカー本人の臨終の地獄映像が流出し
実況中継され晒されるなんて未来もそう遠くないだろう。

地獄へ導く心の「影」


「すべての経験は潜在意識に記憶される」
              (フロイト)

  古来より人の死に際には生前の出来事が
走馬灯のように現れるとよく言われる。
しかも救命救急医療の発達で
臨死体験の報告が増えるに連れ、
より詳細な体験内容がデータとして集まり、
自分が生前に傷つけたすべての相手の苦しみや、
悲しみひとつひとつまでが臨死時、
鮮明に再現されたという報告も多数みられる。

  これは唯識派仏教の用語で
「平等性智が生じた状態」と表現されるものだが、
プライバシー窃盗・嫌がらせ・人殺し(自殺強要など)
に加担しながら、やってないと嘘をついたまま死ぬ
集団ストーカー犯罪者が臨終時に見る「地獄」の
引き金となるものの正体は、
「抑圧されていた悪行の記憶」といえるだろう。
そして「抑圧」が強いほど、その抑圧されたもの、
すなわち心の中の「影」は濃くなる。

最近の神経科学でも、脳のNeuroplasticityは

ほんの些細な行為や、なんと頭でイメージしただけでも

強化されることがわかっており、部分的ではあるが

蓄積されるカルマが物質的にも顕れた観察例といえそうだ。

 ところで集団ストーカーの常習犯になる者は
良心を司る前頭葉の発達が遅れているため
人間としての恥や罪悪意識を感じる脳の機能が

欠落しているといわれる。譬えて言うなら

身体の痛みを感じる神経系統が壊れていて

怪我をして血が流れ出ても痛みがないため

それが、どれだけ深刻な結果を招くか

わからないようなものだ。

つまり人を苦しめ殺しても心に痛みは生じないから

自分らの悪人ぶりにも、とうぜん気づけない。

罪を自覚し償う機会も一生なく、

生きている間ずっと心の「影」は深まる一方だ。
その彼らが死に際に見る地獄は、さぞおぞましいものだろう。

世間は騙せても己の心は騙せないものだから。



"悪いことをしたときには気をゆるすな
その悪いことが、ずっと昔にしたことだとか、
遠いところでしたことであっても、気をゆるすな。
秘密のうちにしたことであっても、気をゆるすな。
それの報いがあるのだから、気をゆるすな"
( ウダーナヴァルガ28-30)

けだし何者の業も滅びることはない。それは必ず戻ってきて、(業をつくった)
主がそれを受ける。愚者は罪を犯して来世にあっては、その身に苦しみを受ける。
(Sutta-Nipata 666)


もしおぬしが唯識を理解していたなら、わしが理解した上で語って­いると判ったじゃろう。 キリちゃんは人を計る秤で己も計られると言ったのう。 唯識はそれほど難しいものではない。 用語が特殊なだけで、己の心を観察してきた者なら、直ぐにあの事­を言ってるとか、あの仕組みを解説しているとか判るようになって­おる。 おぬしも真面目に勉強したらいずれ判るじゃろう。 おぬしのような者にも平等性智はある。 それは自我の弱まる就寝時か、そうでなかったら臨終の時に発現す­る。 そして自らの行いを平等に観て、ふさわしい所に行かせる。 人を裁く冥界の王とは、実は己の平等性智なのじゃ。 己を誤魔化すことは誰にも出来ないのじゃ。
(Oni-Oshow)

    The Phenomenon of Neuroplasticity

その苦しみは「無限」


  自分自身では受け入れられない考えや
感情・記憶を“無かったこと”にしようと、
「無意識」の領域に押し込める現象を、
フロイトは「抑圧」と名づけた。
しかし「抑圧されたもの」は
決して消えるわけではない。

人は死ぬとき、意識水準が急激に低下する。
死ぬまで罪を懺悔することも
償うこともなかった犯罪者には、
そのときそれまで抑圧していた一生分の罪悪意識
(すなわち被害者に与えた苦しみのすべて)
が一瞬のうちにいっきに襲い掛かる。

意識水準の低下で時間と空間の概念さえ失われるために、
その苦しみは「無限」で逃れる「場所もない」・・・と、
罪を償わなかった臨死者に現実に起こっている地獄を
こんなふうに解釈することもできるであろう。
これでなぜカトリックが告解をするかの理由も筋が通る。

死んでもつきまとえ

  『往生要集』の作者として歴史的にも名高い恵心僧都こと

比叡山の源信は二十五三昧会という念仏結社を結成し

メンバーの中から病人が出ると「往生院」という部屋に移し

昼夜を分かたず看病した。

看病するものには、死に行く病人に対し意識に
どのようなイメージが表れるかを聞き出す義務があり、
源信自身を含むメンバーの臨終の様子が記録に残されている。
その中には今日の臨死体験にも見られる
好ましいビジョンもある一方
「地獄の業火みたいなものが身に迫ってきて苦しい」
と言う人の記録もある。
(『生、死、神秘体験』立花隆対話編)

このようにまだ肉体が生きているうちから
地獄が始まるものさえいる。
プライバシーの窃盗、つきまとい、嫌がらせから
心の破壊、人殺し(自殺強要)まで行い
おまけに、そんなことはやってないとか、
「被害告発は妄想」などと嘘まで吐き、
地獄に墜ちるリスクが極大になる
悪行三昧の集団ストーカーにとって
地獄とはまさしく「明日は我が身」の問題である。

  ならば年配ストーカー犯罪者は
 自分が死に際に見る地獄を後輩の犯罪者に
 伝えてやるのが善行為というものだ。
そして、まだ若い集団ストーカー犯罪者は、
先に死んでいく犯罪者の臨終をも
ストーキングし、どんな地獄を見ているのか、
さらには生体反応がなくなった後まで
先輩犯罪者の死後意識を追跡してこそ
変態ストーカーとしての覗き根性が
如何なく発揮できるのではないか?

 人の肉体が死んだらつきまといを諦めるなんて
中途半端で根性がない。